誰にも声が届かないということが孤独なのだ
なんだか書くことがないなと思いながら書いている。こういうときはあんまりよくない。さびしいのだ。まったく、やれやれ。
何かやることがないなというときの一時間くらいでできることがあると私の日々はわりと幸せ。こういうときに本を読めたらと思うのだけど、本を読むって孤独で、暇さというのも孤独から来ているから相性が悪い。
ポケモンもなんか飽きちゃったしな。めんどくさくなってしまった。ゲームで努力したくないから壁にぶつかるとやめてしまうのだ。
がんばっている人が好きみたいな言葉を見るたび、ああ!私はがんばっていないから嫌いなのだ!と思う。私のことなど眼中にないだろうけど。
本というか小説を読みたい気分なので、カラマーゾフの兄弟を買った。図書館で借りても読み切れないような気がしたから。よくわからないけど、カラマーゾフの兄弟は読んでおかなきゃ、読書好きは名乗れないというか、一種のボーダーなような気がしている。
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小説を書いていると、なんというか書くことがなくなるのかもしれない。わりといい感じにまとまりそうな雰囲気がありよかったなと一安心している。
最近は早く別の小説を書きたいなと思ってる。小説を書くことって孤独でツラい。
「俺は愛ってある種の精神状態だと思うんだ」と彼は言った。本当に酔っているのだ。私は特に相づちも打たずに彼の話を聞いた。
「愛っていうのは相手に差し出すもののように思われてる節があるけど、結局は自己完結なんだ。誰かを愛してるっていうだろ。愛してるっていうのは自分の状態なわけで、あなたを愛している状態であるってことを言っているだけなんだ。つまり愛に行動が必須なわけじゃない」
「でも行動がないと相手に愛が伝わらない。そうでしょう? だから就活をしている」
「その通りかもしれないし、そうじゃないかもしれない。たしかに俺は就活を始めた。きっかけはあいつの言葉だし、実際あいつのためで、愛の証明なのかもしれない。でも、俺は就活をしているだけだ。お前の就活は愛の証明活動じゃないだろう? ただ、俺は自分で就活をすべきだと思ったんだ。そういう心境の変化を愛と呼べるかもしれないし、くだらない見栄や保身と言うこともできるかもしれない」
私は黙って彼の話の続きを待った。彼はビールを飲むことも唐揚げやピザをつまむこともせず、ただじっとどこかを焦点の覚束ない瞳で見ていた。
「俺はくだらない人間になろうとしているのだろうか」
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孤独には強い方だと思うのだけど、例えば私が昨日とか書いたゲームの感想が誰にも届いていないのだろうなと思うと孤独だし、小説だって書いている間は誰にも読まれないし、読書は流行りものなら感想を共有できるけど、そうじゃないものが大半だから孤独だ。
誰にも声が届かないということが孤独なのだ。私としてはなんか声が届いていそうだなと思えればそれでいいのだけど。