村上春樹の「街とその不確かな壁」を読んでる。ああ、ちょっとやばいなと思う。前に読んだ時もそうだったことを思い出したけど、吐きそうだし泣きそうだし胸が苦しい。

恋をすることは総じて良くないことだと思うけどそんな感じ。明確に終わりがあるのに、それを進めないわけにはいかない。

言語化できない領域を触られている感覚がある。いや、言語化できないというより、忘れようとしていた場所、考えないようにしていたこと、考えて可視化してしまったら引きづりこまれしまうようなもの。

何にせよ恋をしているみたいで嫌だなと思う。そういう感覚が私にはよくある。裏切られることが怖いんじゃない。その果てになにもないことが怖い。

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図書館に本を返しに行かなければいけなかったので、雨のなか図書館に行く。桜は満開で、毎年桜が見ごろの土日は雨だなと思う。

図書館で本を読むことってほとんどないのだけど、なんとなく「街壁(長いので見たことのない略称をつける)」を読んだ。家で読めばよくないかと思った。服装を間違えて、寒かったし。

カフェで本を読むみたいなことに憧れがあるのだけど、なんでわざわざお金を払って騒々しいところで本を読む必要があるのだろうと思ってしまう。近所にカフェがないので、今度どこかへ行ったときにやってみたい。

私は結局、なるべく縛られていない状況でしか深くまで集中できないのだと思う。基本的に私は時間に縛られている。

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小説を書いてる。

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マシュマロありがとうございます。すみません、返すのを忘れてました。私はそんなこと普段はないんです。ある種のこういった能力(記憶力?)にはわりと自信があったのですが、言い訳ですね。なんにせよありがとうございます。

頭の中をまっさらにできる時間って、ふつうの人はあるんですか? 私には基本的にはありません。最近ランニングをしていますが、疲れ始めると酸素が頭に回っていない感覚があります。散歩中は逆ですごく頭が回ります。だから小説を書く前に散歩をするというルーティンが私にはあります。

運転をしているときと料理をしているときは頭が休んでいるような感覚があるかもしれません。だから料理って好きなんですよね。ただ料理って色々とめんどくさくて(後片付けとか、掃除とか)なかなか難しいなと思っています。

そういえば日記とか文章を書くと頭の中が空っぽになるとよく目にしますが、どうなんでしょうか? 私には全くそんな感覚がないのですが、皆さんはありますか? 私の場合は四六時中、頭のなかで言葉が流れていて、こういう文章を書くときはそれをただ書き流しているだけという感覚なので、あまり実感を得られにくいのかもしれません。言葉が溜まっていくという感覚もあまりないです。

やっぱりもっと意識的にそういう時間を作らなきゃいけないのかもしれません。例えば毎日きっちり三十分泳ぐみたいな。そのくらい時間を取ってやってあげなきゃ効果がないんでしょうね。

あとは朝起きて、すぐにスマホを開くのをやめたいです。なんか物足りなさみたいなものが、朝起きた瞬間からあるんですよね。中毒者みたいだ。


マシュマロを送ってください。何でも良いです。
あ、好きと恋とか、恋愛と友情の違いとか知りたいです。待ってます。

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