私の良いところって不安定なところ
幸せそうな人を見るたびに、私は幸せになんかならないぞと思う。幸せになったらどう生きていけばいいのかわからない。
別に不幸でいたいわけじゃない。そもそも私は不幸じゃないし。なんというか世間一般で幸せと呼ばれているものにはなりたくない。少なくとも幸せな私に価値はない。
ここ数日、Netflixのウェンズデーしか見てないからその話ばかりになるけど、ウェンズデーはあの化け物とキスをしてから、彼女の毒舌に価値がなくなった。こんなこと言ってるけど、でもキスしてたしなと思う。
まあ16とか17の女の子にそんなことを求めたって仕方がない。死ぬまで孤独でいてほしい。私はウェンズデーになりたい。
そういう意味だとチェンソーマンのラストは良くて、結局デンジは幸せにならずに終わる。デンジだけは幸せになってほしくなくて、三鷹アサには幸せになってほしかったのでとても良い終わり方だった。
なんというかデンジが誰かとセックスできそうになる度に世界が崩壊して、また振り出しに戻るような無限ループをするんじゃないかと思えるラスト。
そういうノベルゲームを出してほしい。セックスがしたくて文字通り死ぬ気で(時々死んで)がんばってようやく夢が叶いそうになると世界が崩壊して振り出しに戻るゲーム。
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私の良いところって不安定なところだと思ってる。誰かに迷惑をかけるような不安定さじゃない。何というのだろう。あちらこちらに揺れるというより、地盤が安定していないような感じ。
例えば自信のなさとか、自分が何者かわからないとか、そういう不安定なものを土台として、その上に立っているというのが私の良さな気がする。ただそういうものはあんまり評価されない。
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村上春樹を読んでる。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
村上春樹は何回読んでも飽きない(多崎つくるは二度目だけど)。村上春樹の良いところって読み終わったあと、まあ生きててもいっかと思えるところだ。ぼんやり生きていたら、良いことがあるだろうみたいな。
軽くて、何より深刻じゃないし、劇的でもない。はあ、まったく、やれやれ。どうしようもないことはどうしようもないし、大抵のことは何とかなるさと思わせてくれる。
多崎つくるは読み終わるので、「街とその不確かな壁」を買ってきた。