言葉を言えば言うほど間違っていくような気がして、何も言えなくなってしまう。現実の世界でもSNSでも。当たり障りのないことなら、少しずつ話せるようになってきた。これは過去からの成長の話。かといって現実では人とまともに話せないというか、人に話せることが少なすぎて、何も言えないことが多い。それは今後の課題であり訓練が必要なこと。

SNSの言いところは何かを言う前に時間をかけて考えられることだけど、考えれば考えるほど不必要な言葉に思えるし、なにかをつぶやけば後悔するようなことが増えた。

私の言葉で誰かを救おうだなんて思っていないけど、どうせならなんというかプラスの方向に感情が動いてほしいと思う。ただどうしてか誰かに聞いてほしい言葉というのはどうもマイナスの性質を帯びているような気がしてならないし、それを自らの内に留めておけず他者の共感を求めてしまうしまう。そんな言葉に嫌気がさす。

誰かを不快にしようなどと思っていないのだから、主観的に言葉を見ればそれはふつうの言葉なのだけど、客観的に見ようとするとやはりなにか、なんだろう、大げさだけど誰かの死相のようなものが見える。

こういう良い方を自分にするのは好きではないけど、必要以上の配慮という感じがする。言わぬが花、口は禍の元、沈黙は金。みたいな思想に憑りつかれそうになる。

感情は伝播する。不安や怒りや苛立ちは思った以上に人々に移っていくような気がする。人間は私が思っている以上に集団的な生き物で、感情は瞬く間に広がるし、そういう雰囲気が集団の大きな判断に影響を及ぼす。

私の言葉にいったいどれだけの価値があるというのだろう? どうして一人で生きられないのだろう? 私の言葉など誰にも伝わらない方が楽だったのかもしれない。

うーん、言葉にするのが難しい。誰かに伝えようと言葉を書くのは難しい。間違った形で固定してしまっているような感覚がある。ぜんぶなかったことにしたい。