言語化ってほどほどにしないとなと思う。こうやって文章を書くことも言語化なのだけど、あんまり思いや感情を整理してしまうと、なんというか遊びがなくなってしまう。

自分の言葉で話そうとよく思うけど、その自分の言葉というのは便利な言葉を使わないという意味。私が言う便利な言葉というのは、例えばMBTIなんかが典型例な気がする。

INFJです。みたいな自己紹介って、とても短くてわかりやすくて便利だけど、その人のINFJに当てはまらないの部分を殺してる。そうやってずっとINFJですと言い続けていると、なんというか矯正されて本当にINFJになってしまうのだろうなと思う。人間ってそういうところがある。

私は私のことがわからなくて、何十万字と小説を書いてきた。でもそんな私のことをたった数文字で表す言葉があったりする。そういうのってすごく怖い。

かといってその言葉に100%当てはまるかと言われればきっとそんなことはない。そのこまかいニュアンスをきちんと理解されたい。

人それぞれ、色んな理解や表現の方法があって、言語はそのうちのひとつでしかないのだと思う。絵や音楽や物語、もっともっと抽象的な心のゆらぎ。そういうものを知っておくべきだと思う。言語化だけがすべてではないのだと。

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人と人とのコミュニケーションはキャッチボールだというけれど、それって本当に正しいの?とよく思う。私がそのキャッチボール的コミュニケーションがよくわからないからだと思う。

同じ世界に住んでいるということがまず間違いなのではないだろうか? ひとつの世界を共有しているのではなく、人それぞれに自分だけの世界がある。その世界ごとに天気やら重力やら空気だって違う。

だから私はキャッチボールのことを惑星間通信みたいにきっと思っていて、そんな複雑なことをしないで、自分の世界から外に、橋を架けたらいいのではないかなとぼんやり思う。


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