冬スペクトラム(ぴこさんとの文通)
ぴこさん回!
https://note.com/firm_otter5764/n/n07816d950fed
ぴこさん
おはようございます。12月14日、日曜日の朝8時です。朝ご飯を食べたり、なんだりかんだりの朝の準備が終わって、さて今日一日なにをしようか?となるのがこの時間です。何か別のことを始めてしまうと、そっちを優先したくなってしまうし、昼過ぎとかになるとどうにも色んなことのやる気がでなくなってしまうので、いつもこのくらいの時間に書きます。
いつもは散歩をしながらお手紙を読み返して、お返事を考えるのですが、今日は天気が悪く散歩には行けていません。なので頭のなかがちょっとモヤがかかったみたいな気分です。
最近はすっかり冬になりましたね。季節が移り変わるとき、いつもなんだか不思議な感じがします。ついこの間まで夏だったような気もするし、なんというか産まれてからずっと冬で、夏の記憶は作り物のような気もするのです。
「夏」について書き合いましたね、と言われて、そういえばそんなこともあったなあと思いました。ぴこさんが書かれた夏はなんとなく覚えていたのですが、私は何を書いたっけ?と読み返してみると、「蹴りたい背中」がとか書いていて変なやつだなと思いました。
ここ数日、冬について考えていました。私はきっと季節を天気の一種くらいにしか考えていないのかもしれません。雪がわなわな降るような地域に住んだこともないですし、冬といえば!みたいな行事ごとにも興味がありません。なんというかなるべくずっと生活のリズムやスタイルを変えずに生きていきたいのです。
そうは言っても一歩外に出れば上着なしではいられないくらい寒いですし、木々は葉を落とし、旺盛に生えていた雑草は見る影もありません。そういうものを見ると冬になったんだなと他人事のように思います。
冬といえば雪の白をイメージします。年に一回降り積もればいい方なのに、大粒の雪が空からゆっくり落ちて庭に積もっていくのを窓から眺めていたことが、鮮烈なイメージとして残っています。
雪が降らなければ、私の街は茶色です。木々は枝と幹だけになり、地面を覆っていた草も姿を消し、畑や田んぼもこの時期は荒廃した土地のように何もなくなります。とても寂しい眺めですが、私は嫌いじゃありません。
分厚いダウンを着て、マフラーを巻いて、手袋をつけて、ポケットに手を突っ込んで、冬の寒さをぎゅっと身体の内側へ押しやるように歩いていると、私は孤独なのだ、と思います。冬のいいところですね。なんだかみんなが孤独に見える。吐く息が白いと私も生きているんだなと思います。
ぴこさんの冬もぜひ教えてください。
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回し車を回し続け、そして諦めの悪い星の元に生まれたのかもしれません。
私はどういう星のもとに生まれたのだろう?と考えていました。結局よくわからずじまいでした。昔はよくそんなふうな考え方をしていたような気はしますが、いまはそういう考え方ではなくなっているのかもしれません。
長くなってしまいそうなので、詳しくは書きませんが、「私は今そういう状態なだけで、変わらないものなんてないだろう」と思っているんだと思います。かといって私はもう変われないかもしれない、と怖くなることがよくあります。このまま一人でずっと生きていくということがとても怖くなるのです。
私は何を諦めるべきで、何を諦めるべきじゃないのか、それとも望むものすべてを取ることはできないというのは、ただの欺瞞にすぎないのではないか、そんなことをずっと考えています。
ぴこさんは何を諦めたくないのでしょうか?
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「じゃあ私が誰かにきちんと私を理解してほしいと望むのは間違ったことなの?」
「まともな人間はそれを恋と呼ぶ。」
ノルウェイの森のセリフです。ネットから引っ張ってきました。ノルウェイの森は読まれましたか?
何かを(誰かを)理解する必要なんてないんじゃないかと私は最近思っています。ただそれをそのままきちんと受け止めることが重要なんじゃないかと。理解というのは心の奥底でゆっくりと時間をかけて進んでいくものなんじゃないかと思うんです。
「すべての、白いものたちの」をいま読むべきタイミングじゃないと書いたのはそういう意味もあります。私自身も他の作品を一通り読んで、そのあとにもう一度戻ってきて見え方が変わった作品でした。
なのでハンガンの他の作品を読んでみてはどうでしょうか? 「すべての、白いものたちの」を読んで何かを感じているなら、ここでハンガンを諦めてしまうのは勿体ないと私は思うのでそう書いています。他作品は少なくとも小説の形をしてますし、国も時代も近いので読みやすいと私は思ってます。何度か書いていますが私のおすすめはギリシャ語の時間です。
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「誰かを好きになる」とは、どんな現象なのでしょうか。恋愛ではなくても、人との距離がふと変わる瞬間のことを知りたいのかもしれません。
「誰かを好きになる」とは、どんな現象なのでしょうか。私が聞きたいくらいなんですが、私のことを私以外に聞くのはおかしなことなので、私が答えます。
人との距離がふと変わる瞬間なら明確で、相手が私との距離を変えたらです。私から距離を変えることってほとんどないです。よくないところだなと思っています。
誰かを好きになるということに対して、頭でっかちになってるんですよね。だから理屈じゃないのだと思うようにしても、結局は色々と考えてしまう。
恋愛ってなんなんだろうなというのをよく考えます。正直に言うとよくわからないんですよね。誰かをきちんと好きになったことがないまま、変に色々考えてしまったせいでよくわからなくなってしまっている。
例えば、この世界にはレズビアンやゲイの人がいて、恋愛感情を抱かないアロマンティックのような人もいてみたいなことをずっと調べていた時期がありました。私の恋愛を知る手掛かりになると思ったんです。ある種の結論は出たのですが、そのスペクトラムの複雑さにくらくらしてよくわからなくなりました。
なのでいったん自分のことは横に置いておいているという状況です。考えたって仕方がない。好きになるときは好きになるだろうし、ならないときはならないのだ、と思っています。
ただ普遍的なものはあるだろう、そしてそれを見つけようというのが最近の私のテーマです。
なのでぴこさんへの質問は恋愛ってなんだと思いますか? です。なんというか恋愛に対する見方みたいなものは近いんじゃないかと思っています。すごい勝手なことをいうと、まずさびしさが先にある感じです。
どんなことでもいいので、恋愛についてぴこさんの言葉で書いてもらえたらなと思います。
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長々と書いてしまったので、最後に好きな食べ物の話。最近はうどんとパスタが好きです。しょっちゅうパスタを作っては、何がよくて何が悪いのか食べながら考えています。何がどうしてこうなっているのか、よくわからないから料理って好きです。
私は極度の偏食なので嫌いな食べ物のことならいくらでも書けるのですが、好きな食べ物の話になると、好きってなんだろう?という疑問からスタートしてしまうので、好きな○○の話は苦手です。
人間は美味しいものを食べると元気になると聞きます。美味しいものを食べてください。
にこ