日記 どれだけのめんどうを許容できる?
最近はひたすらゲームをやってる。サイバーパンク2077。オープンワールドのアクションRPGというジャンルを好きでよくやっているけど、この会社はそのお手本みたいなゲームを作る。メインストーリーとサイドストーリーの関係、その発生のさせ方、ゲーム内で時間が流れているというのが感じられる。本当に面白い。
映画や漫画も同じように設定を作りこむことはできても、ここまで話を広げることはできない。ゲームの強みだと思う。だからアクションなしのヒューマンドラマ的なゲームをもっと作ってほしいのだけど、なかなか売れないのかな。
ゲームをずっとしていると、私が何者なのかわからなくなる。こっちが偽物の世界で、あっちが本物の世界? ゲームに限らず、私は現実世界を生きているという実感が薄い。人と関わらないからだと思う。
よくわからないな。
小説を借りてきた。村上春樹の短編、アンナ・カヴァンの氷、グアダルーペ・ネッテルの花びらとその他の不穏な物語。
どれもおもしろい。私は同時に3つくらいの小説を読んだりするけど普通はどうなのだろう? 図書館のいいところだと思っている。いっぱい借りてきて、ぜんぶ一通り軽く読んでから、面白いものをちゃんと読む。
村上春樹の短編は螢というノルウェイの森のもとになった短編をまず読んだけど、ほぼ全文ノルウェイの森と同じで驚いた。なんとなく長編用に書き直すものとばかり思っていた。春樹は短編がいいんだよ、とたまに聞くけど私にはあんまりわからない。長編小説こそが村上春樹じゃないの?と思う。
他ふたつの小説もおもしろいので、どっちもぜんぶ読もうと思う。あと吉本ばななの短編集も読んでいる。あとふたつくらい短編が残っているのだけど、どうにも買った本というのは後回しになってしまう。机の横の棚にずっとハンガンの別れを告げないが立てかけてある(再読しようと思って買ったのだけど読めてない)。
でもそれが所有することの良いところだとは思う。安心感? ずっと心の棚に置いておけるような感じ。読み終えた本や借りた本だと大抵は心の本棚から外に出してしまうので。
土日でデスク回りの整理整頓をした。配線はまとめたり所属する電源タップを割り振ったり、あとは惰性で机の横の棚に置いていたものを押入れに持っていった。きちんと整理するだけでスペースが広がったので、とても気分がよい。ごちゃごちゃしているのって、自分でも気づかないうちにストレスになっていたのだと思う。
比較的毎日使わないようなものは押入れへ押し込んだ。そうすると使うときに取ってくる必要がある。整理整頓とか部屋を綺麗に保つことって、そういうめんどうをどれだけ許容できるかなんだなと思った。
どれだけのめんどうを許容できるか。そういうのって人によって違うし、わりと根本的なことだから大切に覚えておかなければいけない。
そういえば無印で電源タップを買った。現状だと口がひとつだけ足りないから6口のやつ。そしたらそれ単体では使えずに電源コード?が別売りらしく、腹立たしい。無印はそういうところがある。許せないが日々お世話になっているのでおあいこ。別売りの電源コードはまだ買えていない。私が怒っているのだということを、わかってもらうためにちょっと距離を置いている。
雑談のテーマ、感想を募集しています。お願いします……!
https://marshmallow-qa.com/qut6j87f0bseenh?t=3pUxoQ&utm_medium=url_text&utm_source=promotion