日記 鉛のような日々
こんなふうにじっと一人でいると、生きるとはなんなのだろうと思う。本当にとても簡単に生きていける。週に5日間、そこまで苦でもない仕事をして、ときどき買い物に行きいつもと同じものを買って、家に帰り、本を読むかゲームをする。
散歩にでも行こうかなと思うけど、気づけば日が落ちていて、すべてのことがめんどうになって、ご飯を食べてゲームをしてお風呂に入って本を読んで眠ってしまう。
生きることがこんなにも簡単でいいのだろうか。だからか、不安になる。間違った道を歩き進んでいるような気がしてならない。
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ホロコースト全証言という本を図書館で借りてきて2週間くらいかけて読んだ。とても良い本だった。
私ならどうしただろう、とよく考える。私もあんなふうに人を殺せてしまうのだろうか。きっとできてしまうだろうと思う。多くの人がそうであったように。
始めの虐殺はほとんどが銃殺だったが、銃殺に加害者側が精神的に耐えられないから、工業的な(人道的な)虐殺へと移っていった。加害者となったのはナチの兵士ばかりではなく、現地のユダヤ人に恨みを持っていた住人が多くいた。解放後、収容所で生き残った囚人たちは、怒りに任せて監視兵たちをリンチにした。
私のなかにある、鉛のようなそれから、目を背けてはいけないと思う。
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はなかっぱってたしか大人になるまでに頭の上に咲かせる花をひとつに決めなければいけないみたいな話だったと思うけど、それを子供のころに見てなんだか世界の狭さみたいなものを感じて不思議に思ったことを思いだした。
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この2週間、仕事をして、ゲームをして、本を読んで、眠るという日々を繰り返していた。ちょこちょこ日記、エッセイ的なものを書いてはいたのだけど、なぜだか投稿はできなかった。自分がいまどこに居るのかよくわからなかったのだ。とりあえず本が読み終わったので戻ってきたという感じだけど、いったい私の居場所というのはどこにあるのだろう。
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