一人で那須に行ってきた。なんとなくどこか遠く(といってもそんなに遠くはないのだけど)へ行きたかったのだ。

最近、職場のちょっとしたお食事会?とか、仕事が大変なことになってその対応にずっとチームのリーダーの方と一緒におわれていたりとか、人と関わることが多くて一人になりたかった。

そしてこれは良いことだけど、文通を始めたのもあるような気がする。他人ときちんと関わるというのは大変だなと思う。ネガティブな意味ではなくて、それだけの価値があるということ。何かを得るにはそれ相応の対価がいるということ。

遠くへ行くというのはなんなのだろう? わざわざお金を払って遠くへ行っても、なんだか家に帰りたくなってさっさと帰ってきてしまったし、家に帰ってきたら、夢から覚めたみたいにあれはいったい何だったのだろう?となる。

ひとり旅というのはやっぱり難しいなと思う。一人でいることは得意でも、一人でどこかへ行くのは得意じゃない。ある種の訓練だと思っているけど、結局めんどうくさくなったら投げ出して帰ってきてしまう。

つまらなかったわけじゃない。ただなんとなくだんだんと上手くいかなくなっていっただけだ。

今回は車で行ったのだけど、車の運転は苦ではないことがわかった。高速道路は紅葉した木々に囲まれていて綺麗だったし、遠くに見える山も素敵だった。道も空いていたし、なにより公共交通機関と違って周りに誰もいないというのがよかった。

特に行きたいところがあるわけではないので、プランは事前にチャットGPTに決めてもらった。自然が見たいと言ってみた。そしたら穴場なのか、それとも単にシーズンが終わっているからなのか、誰もいない山奥みたいなところに連れていかれた。

いいところだった。紅葉はすっかり終わっていたけど、こんなふうに人の手が届いていない自然というのがこの国にまだあるんだって思った。なんだかもののけ姫の世界みたいだった。

柵とか立ち入り禁止を示すようなものがあんまりなくて、「あれ、このまま歩いていたら、森のなかや川の下流のような本当にひとけのないところへ行けてしまうぞ」と思った。でもこれ以上行ったらなんだか怒られてしまいそうだなと思って引き返した。行ってみるべきだったのかもしれない。

そんなひとけのない自然スポットを回って、夕方、観光地によくある雑貨屋さんやカフェがいくつか立ち並んだ場所(なんていうのだろう、あれ)に立ち寄った。ログハウスみたいな三角屋根の店が5つくらいあった。

別に用なくて何も買うつもりもなかった。そういうところが旅に向いていないのだと思う。ただのホテルのチェックインまでの時間つぶしだった。でもすぐに後悔した。なんだかあまりにもの寂しいのだ。間違った場所に来てしまったと、逃げ出してしまいたくなるくらいに。

さびしさとはなんだろう。一人でいるということがさびしさなのだと思っていた。でも私はこの旅行中にさびしさなど感じなかった。ずっとひとりだったのに。

いったい何が私をこんなにもさびしくさせるのだろう。「さびしさは鳴る」という有名な書き出しがあるけど、本当にそんな感じで胸が鈴のような音を鳴らしながら震える。なんなのだろう? このさびしさは? 店のなかに入って石油ストーブのにおいを嗅いだ瞬間にその正体がわかった。いわゆる郷愁だった。

私は山のなかで育ったわけではないのだけど、きっと私の故郷にどこか似ているのだ。ここは。夕方のひとけのなさや、田舎特有の閉鎖的な空間のにおい、時間の流れ方、人間関係、そういうものが似ている。なんだかわからないけど、吐きそうになった。この人たちはずっとここで暮らしているのだと思うと、怖くなった。

逃げ出すように店を出て、ホテルに向かった。受付では外国人の女性が私よりも上手な日本語でチェックインの手続きをしてくれた。ホテルは全体的に古臭くて、どこもかしこも薄暗かった。息を大きく吸い込んだら、肺にカビが生えるんじゃないかという気がした(もちろん気のせいなのだけど)。なんだかすべてが嫌になってしまって、さっさと眠って、さっさと起きて、さっさと出てきてしまった。

午前中の10時には家についた。金曜日の10時頃に家を出て、土曜日の10時頃に帰ってきた。本当にあったことだったのだろうか? なんだか夢みたいだなと思う。上手く生きれない。