日記 小説を書くこと
何となく最近は小説を書いてる。三月のライオンという漫画を読んでて、私も小説を書かなきゃなと思ったから。
ここ一年くらい、なんでもない小説というものをほとんど書かずにいた。コンテストに出す用のものばかり書いてた。思いついたものを適当に書いてしまうのは勿体ないような気がしていたし、あとあまり書くための気力みたいなものがなかった。
何か作品を創るには孤独にならなければいけない。少なくとも私の場合はそう。小説を向き合おうとするたび、私は孤独ではなくなってきているのだと感じる。noteやツイッターでこんなふうに誰かと交流?することもなかった。
小説を書くとき、私は自分のなかに深く潜っていくイメージがあるのだけど、最近は深く潜ることも、長く潜ることもできない。すぐに集中が切れて、ツイッターとかを見てしまう。良い文章が書けた、読んでもらいたいな、褒めてもらいたいなと思ってしまう。そういうのってあんまりよくない。
深く潜ることに抵抗ができてしまったというか、本当にプールとかで潜水できないときと同じ感覚で、なぜか浮上してしまう。どんどん潜っていくことに耐えられなくなっているのだと思う。例えばこの日記が楽で、簡単に承認欲求などを満たしてくれるから。
散々日記に書いている気がするけど、小説として書くべきものがだんだんなくなってきている。ツイッターで「始めたばかりのころに色々書けるのは当たり前で、それはこれまでの人生があるから」と言っていた人がいて、その通りだと思った。
書くべきものがない、だから勿体なくて書けない。みたいなのって本末転倒な気がするし、書かないよりは無理やりにでも書いた方がいいのかもしれないと思って、ちょこちょこと小説を書いてる。
とりあえず色んなところに行ってみようと思ってる(比喩)。適当に散歩のようにふらっと行った結果、飽きてしまってもういいやとなることが怖くていままで手を出せずにそのままにしていた場所に行ってみる。その結果なにもなくても行ってみる。
noteに置いてる小説はほとんど、1、2時間で書いてそのまま投稿してるものが多い。散歩みたいな感覚。行先とか通る道をざっくり決めて、ただ歩いているだけ。だからよくわからないものも多いと思う。
小説を読みたくて私をフォローしている人っていないと思うから、noteに小説を投稿するのはなんだか申し訳ないなといつも思う。でもここがいちばん数字のある場所だし、読んでもらいたい人も多いので、noteに投稿する。
私は一緒に創作を続けてくれる仲間がほしい。そういう人を見つけるためにも私はこういうものを創りますと発表しつづけないといけないと思ってる。私は結局書くことしかできないのだから。