日記(資格試験、おでん、セクシュアリティと創作)
今日は疲れた。資格の試験を受けてきた。結果から言うと合格できたので安心してる。実は先々週に一度受けて落ちていて、もうほんとに、死んでしまおうかって感じだった。7月くらいから勉強をしていたから、4か月間くらい?正直3か月あれば取れると思っていたから、だいぶ誤算ではある。
資格の試験ってその資格にもよるけどお金がかかる。私の受けた試験は一回4万円。落ちたときはもうほんとに絶望だった。帰りの電車はずっとうつむいて、世界を恨んでいた。基本的に他責思考なのだ。
試験に落ちたことは誰にも言っていない。受けることも言っていないので、誰かに聞かれる心配もなかった。でもそういうのってすごく孤独なのだと気づく。誰かに言えれば楽になるのかもしれないと思った。
なんていうんだろう。私の心の中にあるこの絶望を誰も知らない。同じ電車にこんなにもたくさんの人が乗っているのに。そういう感覚になるとほんとうにひとりぼっちなんだということを自覚する。
ツイッターとかnoteでつぶやいて、慰めてもらうべきだったのかもしれない。でもそういう慰め待ちの弱音を吐くのって気持ち悪いなって思ってしまう。相手を道具と思っているような気がしてしまう。それにつぶやいて反応がなかったほんとうにひとりなんだって知ってしまうのが怖かったのかもしれない。
今日は一日中どこか緊張していた。夜もあんまり眠れなかったし。前は全く緊張してなかったから、いい傾向だと思いつつ、今日が日曜日なことが少し気になった。私は普段三連休じゃない限り日曜日にはほとんど予定を入れない。家から出ることがストレスなのを理解しているから。
午前中には試験は終わって結果も出たのに、まだ緊張が抜けてない気がする。今夜は上手く眠れるだろうか。
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今日はおでんをつくった。どうせ家に帰っても何もできないのだということは薄々感じてたから、料理でもしようと思い試験の帰りにおでんの具材を買った。
私は本当に何もできないときじゃなければ、わりと家事はできる人でなんだか気分が沈んで何もやる気が出ないときは掃除をしたり料理をしたりする。
一人暮らし、初めての冬?なのでおでんは初めて作る。おでんのもと?みたいなやつはなくてもいけるだろって買わなかったのだけど、結果的には美味しくできたのでよかった。レシピを見ながらその中身を無視してつくったら、なんか味がぱっとしなかった。味の深み?奥行?がなかった。
じゃあと思い、他のレシピで見た砂糖を適当に入れてみて、具材を入れて煮込んだらおいしくなったので、砂糖のおかげなのかなと驚く。ご飯のおかず、というかスイーツ以外のご飯として食べるものの甘さは基本的にアンチをやってて、料理に入れる砂糖というものを信用してなかった。
でも入れてみると鋭角的なしおっけだけだったものが、拡散的なって奥行のようなものを感じるようになった。へえ、こうなるのかと勉強になった。そういえば卵焼きでも同じようなことをやったと思いだした。料理のこういうところが好き。
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夏に応募した小説投稿サイトのコンテストの予選通過作が発表されて、そこに私の作品が残っていた。まあ、そりゃあね、と思いつつ、これが残らなかったほんとにサイトとの相性が悪いんだなって感じだったので安心した。
結婚指輪がテーマのコンテストでお題の動画があるタイプのものだった。動画の内容は簡単に言うと幼馴染らしい女の子ふたり、片方には恋人がいるというもの。俗っぽい言い方をすれば百合なんだけど、最近の風潮的に言えばセクシュアリティの話という捉え方になって書きづらさを帯びている気がする。
そういうものを書くときよく目にするのは当事者という言葉で、当事者じゃない私たちがみたいな言い方をよく見る。配慮とか、寄り添うとかそういう言葉が使われる。正直どれもあんまり好きではない。
当事者という言葉は、我々とそれ以外、マジョリティとマイノリティ、という壁をつくっていると思う。どこまで行っても私たちはあなたたちとは違うのだという雰囲気を感じる。そういう言葉がその人たちを隅へ追いやっているのではないかと思う。
でも消費にならないように、気をつけなければいけないという意見はもっともだと思う。私は一応異性愛者なわけだから、当事者ではないということになる。だから物語における便利な道具として消費してしまわないようには常に気をつけている。
私の出した結論はいわゆるレズビアンについて書くのではなく、そのキャラクター個人のことを書くということ。結局はそういうことだと思う。別に私は社会に対して何か言いたいことがあるわけじゃないし、読んだ人に新たな知見を覚えて帰ってもらいたいわけでもない。
その小説、全体としてはよくできてると思うし、とくに直したいとことろとかもないのだけど、ずっと引っ掛かってるセリフがある。
それは最後に「愛してる」と主人公に言わせたこと。この終わらせ方自体は、一番悩んだところだけど、ここが決まったから書き始めることができた部分でもある。もっと上手くやれたのでは?と思うことはあるけど、終わらせ方としてはこれ以上はないと思ってる。
それなのにどうして、引っかっているのかというと私が愛というものを理解していないからだと思う。自分が理解できていない言葉を使いたくないと思っていて、ましてや自分の小説の主人公に言わせるなんてと思っている。
愛してるって言葉は言ってしまえば便利な言葉で、なんでもかんでも愛といっておけば許されるみたいな風潮が創作界隈にはあると思ってる。歪んだ愛とか、新しい形の愛とか。
それでも当時の私はその言葉を選んだのだからそれが正解なんだろうと思う。新たな課題というか、きっと何かしらの意味が私の中にあるんだろうなって。
書いてから時間が経つけど、いまだにこれでよかったんだろうかって考える。そういうことって珍しいんだけど、やっぱり同性婚について明確な回答を出さなきゃいけないと思って書いた作品だったので、もっと向き合うことができたんじゃないかっていう心残りなのかもしれない。
いちおうリンク貼っておきます。宣伝ってあんまり好きじゃないんですけど、まあ、読まれてなんぼなところもありますので。
https://monogatary.com/episode/513089
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