誰も誰かの代わりになれないって
朝からアニメのハチミツとクローバーを見てる。マンガで何度か読んだことがあって、なぜだかよくわからないんだけど好きな作品。1年くらい前、毎日マンガアプリとWebサイトを使ってせっせと5話ずつくらい読み進めていた。
違法じゃないんだけど、やっぱりお金を払っていないことが後ろめたくて大人になったらきちんと買おうと思ってる。もう年齢的には大人だし、お金がないってわけじゃないんだけど、どうしても貧乏性というかお金を使うことに抵抗がある。
私には大人になったらやろうと思ってることがいくつかある。無料で読んだマンガを買い揃えること、ブックオフで買ったマンガを新品で買うことがそのひとつ。
私の大人になったらはひとり暮らしを始めたらと同じ意味で、料理をしてみるとか、散歩をしてみるとか、好きな服を見つけるとか、そういうことが大人になったらやりたいことリストに入っている。こうして考えてみるとやりたいことなんてほとんどないし、いますぐにでもできることばかりで自分にうんざりする。
そして大人になったら、いまある人間関係からゆるやかに消えていきたいと思っている。家族とか同級生とかそういうもの。
ハチクロの話に戻るけど、その中のセリフで「誰も誰かの代わりにはなれない」と言われてなんだか泣きそうになってしまった。人間の情緒というのは不思議なもので、いままでそのセリフに特別な何かを感じたことなんてなかった。
だってすごくありきたりな綺麗事だから。ありきたりな言葉は好きじゃないし、綺麗事は嫌いだ。でもありきたりな言葉ってずっと受け継がれてきた言葉だし、綺麗事ってみんなが望んでいることだから、なんというか正しい言葉なんだろうなって思った。
だから『誰も誰かの代わりにはなれない』って言葉が嘘であって欲しいと思った。
酷い話なんだけど、私には私しか友達がいないんじゃないかって勝手に思ってる人が何人かいた。でも話を聞くと、私より立派に大学生をやってたり、私の知らないところで同級生とまだ繋がってたりして、私が感じてた謎の責任感みたいなものはいらないんだと思ったことがあった。
それを知って、じゃあこのまま私がいなくなっても綺麗さっぱり忘れてくれるだろうって安心した。そういうのって寂しいけれど、どこか楽でもある。
家族も同じで、私には弟がいて、だからまあ、私がいなくてもいいだろうみたいな考えがある。
でも誰も誰かの代わりになれないと言われて、それが私にも当てはまるのだとしたら、なぜだか泣きたくなった。だから私なんかに連絡をくれるのかなって。
そして私は誰かを代わりのいない人って考えたことがなくって、そういうところがダメなのかななんて思うとまた泣きたくなる。
どうすればいいのか、正しい答えはわかるのだけど、正しさだけじゃ生きてけないなって。