いいひと
いいひとでありたいと思う。では良い人とはどんな人なのだろう。わからないけど、例えばその人が書いた文章を読んで良い人そうだなぁって思えるような人。
本は心を豊かにするという言葉を信じてきた。何となくその先に良い人があるような気がして。
本を読もう本を読もうとずっと言われてきた。人並みがどのくらいだかわからないけど、それ以上には読んできたと思う。(みんなどのくらい本を読むのだろう?)
最近、良い人と言うのは他人からの評価でしかないような気がする。自分で自分のことを良い人と評価する人はいない。
進撃の巨人のアルミンじゃないけど、相手から見て「都合のいい人」を「良い人」とするなら私は良い人ではなくなってしまうだろうな。
もし私が目指す良い人になれたとして、その先にはいったい何があるというのだろう。自分の中のいいひと性を自分に向けて使うことができるのだろうか。
良い人が損する世界であっていいわけがないから私は良い人でありたいと思う。しかし実際世界はそうできているだろうか。
どうしてこんなことを書いているのかというと少し悲観的になっていたのだ。私の大学生活は本を読んで、小説を書く以外のことをほとんどしていない。捧げた割には読んだ本も書いた小説も少なく何も成せていない。
その生活って傍から見たら空白と同じで全く評価されなくて辛いなって思った。私なりに結構辛い生活を送っていたのだけど、そういう辛さって当たり前だけど評価はされないし、理解されなきゃ同情ももらえない。
じゃあ、あなたは人から評価されるために生きてるの?
うーん。友達になることも、恋人になることも評価のひとつだと思うから私は評価されたいな。
できたかは別として、わかりやすく成果が出て、理解されやすい努力をするべきだったのかなって思った。
まあ、よく育つものは、ゆっくり育つらしいですしね。気長に生きましょうねー。