強がりはいつか壊れてしまうだろう
夜はダメだ。気分がダメになる。最近は死にたいとかは思わなくなった。たぶん嫌なことがないからだと思う。
ひきこもりみたいな生活をしている。朝は八時に起きて、9時からゲームをやって、午後は本を読んだり、小説を書いたりしている。それをここ数週間ずっと続けている。
本当に幸せな生活をしてると思う。それなのに夜になるとダメになる。日が落ちると途端に何もやる気が出なくなって、動けなくなる。
それでも何かをやらなきゃと思ってこうやって文章を書いてる。
鬱病なんだろうなと思うけど、私みたいなやつよりよっぽど酷い人がいるからそう口に出すこともはばかられる。
実際午前中の調子はいいし、死にたいとも別に思わない。というかこの精神状態に慣れてしまっている。憂鬱さを当たり前として受け入れようとしている。
私の死にたいはパフォーマンスというか、嘘なんじゃないかって思うことがある。特別になりたい、普通の人と違くなりたいという欲求からきているのではないか。ただ誰かにかまって欲しいだけの大人になれない子どものように見える。
でもそういう考えは危険で、他人に対してもそう思ってしまうことがある。死にたいなら死ねばいいじゃないか、という自問自答を相手に投げてしまいそうになる。
ずっと無理やり体を動かしているような感覚がある。無理やり動かせている間は大丈夫だと思っていて、そしてたぶん認めたくないのかもしれない。だから上のような考え方になるのだろう。
優れているとか劣っているとかそういうんじゃなくて、なんというか認めてしまったら、今まで築いてきたささやかな関係たちがすべてが無くなってしまうような不安がある。
人に弱みを一切見せないようにしてきた。家族にもだ。誰にも理解されないと強がって生きてきたし、これからもずっとそうやって生きていくのだと思う。
何かきっかけがあれば、私は壊れてしまうような気がする。そしてそうなることをどこか望んでいるような節もある。壊れる前に手を打つべきなのはわかるけど、手の打ちようがないなぁ。奇跡を、指をくわえて待つことしかできない。