こんな夜に
死にたくなるくらい落ちた夜をいくつも超えて今日がある。死ぬという選択肢がないから、死なずに眠って、朝になったら何食わぬ顔で起きる。
実際、私は眠ってしまえば大抵のことは忘れることができる、というか朝になるとあきらめがつく、というのがたぶん正しい。仕方ない、と。
朝起きて、眠たい脳を引きずって、あわおわしている間に夜になる。すると逢瀬のように死がやってきて、私に囁く。その言葉を無視して眠る。
少しでも忙しくなると希死念慮は消える。やるべきことで頭がいっぱいになって、そんなこと考える余裕がなくなるからだ。
忙しくなると私は心を殺す。欲求を消し、何も感じないように、色んなものを遮断する。そしてそのことだけを考える。
そうやって色々とがんばって、やりきった夜だった。私には何もないことに気づいた。見渡すかぎり砂漠のように何もなくて、目をつぶってひたすら私はここに向かって走ってきたのかと思った。漠然とした虚無。
人はこういう夜に死ぬんだろうなと思った。
今までがんばってきたことは全部無駄で、しかもそれをこれからもずっと永遠に強要され、そしてそれも同じように無駄なことだと理解したとき。
そうか、ここで終わりにするべきなんだって、とても自然に思った。ずっと赤だった信号が青になったような感覚。
死ななかったのは死ぬという選択肢がなかったから。
少し話は変わる。どれくらい前だろう。時間の感覚がバカになっちゃってるから、よくわからないんだけど、そんなに前ではないはず。
ツイッターで自殺した女の子ふたり(たぶん高校生)の動画が出回っていた。建物から飛び降りるのを意図的(たまたまではないということ)に撮影した映像。ひとりが隣の女の子に横から抱きついて、そのまま宙に身を任せるように落ちていった。
真相はわからないし、憶測も詳しくは知らない。全部嘘なのかもしれないけど、私が見たときはそんな空気感じゃなかった。ニュースとかにはなってなかったかな。
正直、知らない人が死のうが生きようが別になんでもいいって思ってるから、どうでもいいのだけれど、でもなんというか、いまこうして思い出すくらいには私にとって衝撃だった。
思ってたのと違う。わがままを言う子供みたいなことを私は思った。死を美化していたのだと思った。人が死んだら血が流れる。そういう当たり前のことを忘れていた。
だから死にたくないなと思っていたのだけど、つい最近、初めに書いたような夜があった。だからなんだと言うわけじゃないけど。