恋というものに憧れがある。小説の読みすぎである。

最近、恋愛以外の創作物を身体が受けつけなくなってきている気がする。この世には恋愛が絡まない創作物があるのだろうか、なんて勘違いしてしまうくらい侵されている。

現実的な恋愛に脳が侵されているわけじゃない。理想的な恋愛に脳が侵されている。

私は高校生のときにノルウェイの森を読んで以来、人生の基盤というか軸があの小説になってしまっている。恋愛というのは直子とワタナベ、緑とワタナベのような関係であり、救いあいなのだろうと私の恋愛観は形づくられた。

私を救えるのは恋愛しかない。人生は恋愛がすべてである。ひとりで生きる人生に価値などない。そう思い込んでしまっている。

恋人が欲しいわけじゃない。ただどうしようもないような恋が欲しい。そこからしか人生というものは始まらないと感じている。

先週チェンソーマンのデンジがセックスしてみたいから生きてる、と言い話題になった。セックスのことはさておき、本当にその通りだなぁと私は思った。

これまで生きていて良かったことなんてあっただろうか。そりゃあ、過去を振り返れば一つや二つあったよ。でも嫌なことに比べたら誤差みたいなものだった。

これからの未来いったいどんな良いことがあるだろう。それが全く思いつかない。ドラえもんのもしもボックスで「あなたが幸せになれる世界をお願いしてください」と言われたら私はたぶん黙り込んでしまう。

でも恋してみたいんだ。誰かをどうしようもないくらい好きになりたい。そしてそのままボロボロと燃えるように死にたい。そっか、私は死にたいのか。人はいつか必ず死ぬのに、死にたいと思うなんて不思議だね。