こうやって何も無くなっていくのだと思う。

降り積もった冷たい雪が水となり蒸発して、最後には何も無くなるように、心から色々消えていく。

2年くらい前までは雪が降り積もっていたここも、いまでは荒野のように渇いている。

雪を溶かすために必死に熱した感情は灰のようになって積もっていたが、時と共に風に飛ばされどこかへ消えてしまった。

もうすぐ春だと誰かは言う。それは本当に春なのか。窓の内側からでは上手く判断できない。家の近くに桜はない。

良いことなのだろうか。

確かに雪が降っていたころより心の気温は上がっている。毛布を被って震えるような悲しみは感じない。

でも何もなくなってしまった。

正確には無くなろうとしている。いま、私はなけなしの感情を使って文章を書いている。

雪は美しい。

死にたい、辛い、嫌い、怖い、悲しい、死ね、と雪に降られていたころの方が私は美しく生きていたのでないだろうか。

死にたいと思わなくなった私が生きる意味とはなんだろう。生きたいと思うために死にたいと思ってきた。だから死にたいが薄くなれば、生きたいも薄くなる。

あのころの私が嫌っていた大人になろうとしている。私は羽化する。蛹から羽が見えている。じっと折り曲げてきた羽。

私がどろどろと形のなかった時代に夢みた私はどんなだったか。成りたくない物ばかり見ていたせいで成りたくないものに成ってしまうのではないか。

大丈夫、外はまだ寒いと殻の中で眠る。羽化するわけにはいかない。宿る花すら外にはないのだから。