成りたいものってみんなあるものなのだろうか。

ずっとやりたいことや成りたいものがなかった。いまだってよくわからない。

やりたいことをやってるつもりだけど、全部放り出しちゃいたいような気分になるときがある。

やらされてるわけじゃないのに、放り出すって表現はおかしい気がするけど、ほんとにそんな感じなんだ。

文系か理系を選ぶとき、何となく理系を選んだ。国語や社会の授業がつまらなくて、数学や物理の授業は楽しいと思える瞬間がごく稀にあったから。得意な科目や苦手な科目はなかった。どの科目も満遍なくふつうよりちょっぴりできた。

いま思うと、理系科目が好きだった理由は自分を外に出す必要がなかったからかもしれない。自分の意見や考えを外に出すことに抵抗があった。決まった答えになるか、ならないか、という理系はそういった意味では自分を出さずに済んだ。

私はからっぽなのだ。それがバレることを恐れているのかもしれない。

成りたいものなんてないのが当たり前だと思っている。みんなあるフリをしているだけだと思ってる。

それなのにどうしてみんなそんなに頑張れるのだろう。強い孤独を感じる。

大学受験のとき、とてもとても不思議で堪らなかった。私はこの教室の異物なのだと思った。

バレないように必死に隠れた。みんな私と同じでふつうであるフリをしているのだと信じた。しかし、いささか上手すぎる。

未だに異物であるという感覚は消えない。具体的な未来の話はしないで欲しいと同年代の人たちに思う。なぜか寂しくなるから。

隠れている。上手に。バレないように。みんなそうだと信じてる。

成りたいものなんてない。

成りたいものなんてないよ。

何にも成りたくないんだ。

何者でもないものに成りたい。

いや、違う。

私は私に成りたい

のかもしれない。