どうもにこです。

 親ガチャって言葉あるじゃないですか。子供は親を選べない。毒親だ。親ガチャ外れた。親ガチャ当たり。言いたいことは分かるんですがあんまり好きな表現ではないんですよね。

 だって絶対子供の方がガチャ要素が強いじゃないですか。ガチャガチャ回したことないんですかね。母親の体から小さい人間が出てくるんですよ。絶対こっちの方がガチャっぽいじゃないですか。

 まあ、子供ガチャなんて表現は使ったら一発アウトだから誰も言わないんでしょうね。子供側もそれを分かって言ってる節がありますよね、きっと。

 僕は親ガチャに外れたとか当たったとか思ったことはないんですけど、子供ガチャの景品としてはハズレだよなぁと思うことはあります。僕の親、運が悪いなって。

 まあ、当たり前ですけど、アタリ、ハズレなんてないんですよ。別に何かした訳じゃないんですけど、ただ何となく申し訳ないなぁという気持ちが消えないんです。

 幼少期のころ親にありのままを受け入れてもらえなかった子供は大人になっても不安を抱え続けるみたいなツイートを見て、自分の幼少期を思い返してみました。

 受け入れてもらえなかった記憶はないけど、ありのままの自分でいれたかというと疑問なんですよね。昔から何でもかんでも自分の内側に溜め込んで、外に出さないタイプでしたからそれがありのままなのかと言われたら違う気がします。

 でもそれって僕の問題だよなって思うんです。ありのままの自分というものがイマイチよく分からないですけど、もしありのままの自分を出せたら、両親は受け入れてくれるはずなんですよ。そう思えるってことは良い両親を持ったなぁと思います。

 それなのにどうしてこうなってしまったんでしょう。どうしても時折親に対して冷たい感情を持ってしまうんですよね。あなた達の子育ては何も間違ってはいなかったのに。

 僕は自分がこういう文章を書いていることを隠して生きているわけですが、もし知ったらどう思うのでしょうか。僕はその”もし”が起きたときに生まれる感情に対して、申し訳ないと思っているんだと思います。