何だか久しぶりに書く気がするけどきっとそんなことはない。書くことを習慣としているつもりはないのだけど、数日書かないとなんだか最近書いてないなと思うくらいには生活に染みついている。

何だか最近仕事が忙しい。チームの体勢が変わることが決まって、その引継ぎやらなんやらでバタバタしてる。少し前に人数が減ることになると聞いて、なら私が口減らしにあうんだと思っていたのだけど、なぜか残った。代わりに私がすべての不明点を聞いていた先輩方がいなくなることになり、とても大変なことになりそうな予感。

忙しいといっても基本的に私は定時には帰る。だけどやっぱ忙しいと脳みそが疲れて、なんだか日々が無気力的になる。

例えば部屋が汚くなる。本が散らかっていたり、洗濯物が干しっぱなしになったり、コンロ周りが油まみれだったり。私は綺麗好きなのでそういうの見るとなんだかいろんなことが嫌になる。私が生きていると部屋が汚れていく。

なのでさっき軽く部屋を片付けた。洗濯ものを畳んだり、コンロを掃除したり。まだ汚い部分はあってそのことを考えると気絶しそうになるけど、いったんは綺麗になったということにする。今週の土日に家中を掃除したい。どうにかして家が汚れない仕組みをつくりたい。

日記をつける意味ってなんだろうと最近考える。日記という名目で文章を書くようになってから私の文章はつまらなくなった気がする。それはたぶん私の生活がつまらないからだと思うけど、どうなのだろう。

日記のいいところって何も考えないで書けるところで、だらだら文章を書いていれば形になる。でも逆に言えば何も考えていないということで、こんなものがおもしろいのか、自分のためになっているのか、と思う。

本当に自分のために日記を書くのだったら、たぶんやめてしまったモーニングページのように、ノートに手で書いていった方がいい。おもしろいものを書くのなら、もう少しエッセイに寄せたもの、例えばある程度テーマがあるようなものを書くべきな気がする。

ただ、何も考えたくないんだよなあと思う。何も考えずに生きていけるならそれに越したことはない。最初の仕事の話に戻るけど、頭が疲れていて、何かを考える気になれない。

何も考えないで生きていきたいけど、そういう生き方は当たり前だけど怖くはある。私はふつうに何も考えずに生きているだけで、友達ができて、恋人ができて、結婚ができて、みたいな人間じゃない。何も考えずにふつうに生きたら私はきっと本当に孤独になってしまう。毎日どうすれば生きつづけられるのか考えなければいけない。

でも色々と考えてがんばって生きてどこへ行けるというのだろう? どこへ行きたいというのだろう?