なんだか精神的に沈んでいて、ここ最近は書かない、読まない日が続いていた。何というか意味がわからなくなってしまったのだ。私がここでいくら文章を書いたところでどこにも行けない。そんな虚無感。

生きてる意味ってなんだろうなと考えて、そんなものはないと言い切ってしまうのはいつものことなのだけど、ならどうする?と思考をすすめたときに、死ぬとなるか生きるとなるかで自らの精神状態はわかる。

死にたいというか、死んでしまいたい、消えてしまいたい、生きたくないみたいな、そんな感情を感じながらこの歳になっても死にたいとか言ってるんだなと思う。本当にくだらない。死にたいなら死ねばいいでしょと思うが、残念ながら死にたいわけではない。正しくはもっと別の何か。例えば怒りだとか諦めのようなもの。

私のこの死にたいという言葉でしか言い表せないこの感情を誰にも理解してもらえない孤独。それに対して怒りがあって、同時に諦めがある。

自分の感情を丁寧に丁寧に見つめていきましょうよねぇ。

はじめしゃちょーが結婚したと聞いて、変わらないものなんてないんだなと思った。彼が変わってしまったというか時代が変わってしまったということへのさびしさ。

私ははじめしゃちょーのファンでも何でもないのだけど、青春がYouTubeにあった人間だから、彼の存在というのはとても大きい。ふつうの幸せなんかじゃなくておもしろいことをやろうぜ。もっと大きな者になってやろうぜ、みたいな雰囲気が当時はあったと思う。でもそれが落ち着いて(みんなそれなりに大人になって)、幸せってなんだろなみたいな雰囲気にいまなっていて、変わらないものなんてないのだなって思う。

私の周りはまだ結婚するような年齢ではないのだけど、でもそれもきっと時間の問題で、みんな結婚とかなんというかそういう方向に進んでいくのだろうなって思う。

私もいつかそうなってしまうのだろうか? そんなことをよく考える。変わらないことが美徳だと思っていることが間違っているのはわかるのだけど、それでもやっぱり私は変わらないでいたいよなと思うし、私が結婚をするということはふつうになれたということでそれって喜ばしいことではないかとも思う。

私は幸せになったら創作ができなくなるタイプだと思う。そういう人ってたぶん結構いる。というか大部分がそうだと思っていて、だからみんな売れ出すとなんだかパッとしなくなる。そして私は創作をするために不幸を背負い込むタイプなだとも思う。もしも何かを創りつづけるのなら一生幸せになどなれない。

私も変わってしまうのだろうか。それはいまの私、過去のを私を否定するようで怖い。だから私は死にたいという感情がわりとうれしかったりする。昔の友人が変わらず私を覚えてくれていたみたいな。やあ、って挨拶して抱きしめあって泣きあいたいね。