日記 生きるのが上手くなってきた
生きるのが上手くなってきたなと最近思う。昔はもっと下手くそだったというか、そもそも自分が生きづらいことにすら気づいていなかった。なんというか、これが当たり前だと思っていたし、生きづらさを誰かと比べようなんて考えたこともなかった。
死ぬほど嫌だった月曜日も「まあ、なんとかなるでしょう」と思って、そのこと自体を忘れて休日を過ごすことができるようになったし、何もしない休日を少しずつ許せるようになってきた。
いまはポテトサラダを作っていて、茹でたじゃがいもは冷蔵庫で冷ましてくださいと言うので、冷ましている最中。何もすることがないな、そうだ、料理をしようと思えるようになったのは成長。料理をしてると生きてるな、生活してるなって思える。じゃがいもとかきゅうりを包丁で切ったり、茹であがっていくじゃがいもを見ていると、なんだか心が落ち着く。
これでいいんだよな、これで。そう思える。
料理は好きなのだけど、作ったものは食べなければいけないことが少しストレス。料理というは基本的に二人以上で食べることを想定されてるものが多い。今日から三日間くらいせっせとポテトサラダを食べる日々が続く。
作ったものを誰かに食べてもらいたいかというと、全くそんなふうには思えない。むしろ絶対嫌だとすら思う。だって自分が作ったものを食べてもらうのってなんかグロテスク……同じ理由で人が作ったものも食べたくはない。チェーン店みたいにシステマティックに作られているものなら全然いいのだけど。
グロテスクという表現を私はよく使う。どんな物事に対して使っているのか、感じているのか一度考えたい。気持ち悪いという表現がいちばん近いのだけど、なんでもかんでも気持ち悪いというのはいかがなものなのだろうか、と思って、表現を分けてる。意味として正しいのかはわからないけど、伝わりはすると思ってる。
最近、noteで日記を書く習慣をやめよう?というか減らそうと思っている。なんか変な体力を使ってる気がする。単純に仕事がちょっと忙しくて、疲れているのかもしれない。なので飽きたわけじゃないのだけど、雑談として書いてものも書けてない。マシュマロをいただいていたのに、ずっと書けなくて申し訳ないなと思っていたので、とりあえずここでお返事を書かせてください。
こんなふうにコメントをもらえるのは嬉しいことです。本当に、たぶんあなたが思っているよりずっとうれしい。それがわかっているので、私もnoteとかなんでもコメントとか感想を書かなきゃなと思うのだけど、私にとって(おそらく大半の人にとっても)それはけっこう気力と体力のいることなので、なかなか書けてない。
あとコメントをもらうと、コメントをこちらからもしやすくなるので、やっぱりコメントって大切だよなと思いました。ただ日記ってコメントしづらいよなと思うので、うーん、何かないですかね。
マシュマロを置いておくので、最近読んでる本とか何でも、私に教えたいことをがあれば教えてください。
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