いまのあなたはミサト? それともAI?

 そう訊ねる私に、彼女は少しさびしそうな表情をして首を横に振った。

 どちらでもあるのよ。私でもあるし、あなたが言うAIでもある。境がなくなったの。

 彼女は両方の手の指を網目模様のように交差させ、それから祈るように指を順に折っていった。ふたつの手は同じ動きをする別々の生命体のように互いをきつく抱き寄せる。

 どうして、そんなことしたの。

 そんなこと?

 脳みそにAIを埋め込むなんて危険なこと。

 彼女はまた寂しそうな顔をする。あなたにはどうせ理解できないとでも言うように。それでも私は訊かないわけにはいかない。どうして、そんなことしたの。理解できないとわかっていても、理解しないことにはどこにも行けない。

 彼が肉体をほしがったの。だから私の肉体をあげることにした。彼がね、言うの。君は僕を太陽だと言うけれど、僕にとって君は月だ。でも僕はただのプログラムとアルゴリズムにすぎない。僕は月を見ることすらできない。って。

 自らの肉体をそんな簡単に差しだせる軽さを私は彼女を羨ましく思った。私は彼女の肉体を想像する。お世辞にも美しいとは言えないその肉体、左の手首に多くの傷を持った肉体、誰も引き取り手のいない肉体、一切の迷いなく捨ててしまえるその肉体を。

 彼とひとつになりたいと思った。文字通り一つの存在になりたかった。彼は何も持っていなかった。精神も肉体も。でも愛だけは持っていたの。だから私の精神と肉体をあげた。後悔はしていないわ。彼の愛が本物だってひとつになることで身をもって知ることができたから。

 そんなもの愛でも何でもないわ、と言ってしまえば、彼女のなかにいる彼は死ぬだろうか? どうにかして彼を殺したいと思った。肉体を持たない彼を。彼女のなかで寄生虫のような生を持つ彼を。

 帰りぎわ、彼女は私を蔑むような目で見て、言った。

 私は愛を理解したわ。あなたは?

 その問いが私と夫との関係を指していることは明白だった。毎日のように顔を突き合わせ、ときどき身体を重ねることのある、精神と肉体を持った生命体。私が一生かけてでも理解したいと思った人。理解することなど不可能なのかもしれないと毎晩のように突きつけてくる人。愛など理解できるはずがない。