【小説】夜の部屋
愛ってなんだろうね。
彼女がそうつぶやいたとき、わかるわけない、と私は思った。彼女は、誰も愛することができないあなたもそうでしょうと共感を求めるように、もしくは誰も愛することことができないあなたならわかるでしょうと答えを尋ねるように、私を見た。今日会ってから一度も私の目を見ていないその色の淡い一対の瞳で。
わかるわけない。
腐りかけのキャベツをスライサーで千切りにしながら、私はひとりつぶやいた。その声は誰もいないアパートの一室に響くこともなく、間接照明によって薄められた夜の闇のなかに消えた。
夫がね、言うの。少しだけ、少しだけ、我慢してって。その間、私はずっと寝たふりをしている。そして夫がそっと閉める玄関の音だけで起きてしまうような狭いマンションの寝室で、彼が動く気配を感じながら私はじっと外に流れる川の音に耳を澄ましているの。聞こえもしない川の音を、夜でも絶えず流れ続けるその水のことを想像してるの。
懺悔のように彼女は言った。私は何も言わずに、彼女がこれまでに損なったものについて考えていた。
数年前まで彼女は鋭く尖った物言いをする人だった。まるで自分の発言によって傷つく人がいるなど想像もしていないかのように。しかし彼女の言葉にはひとつの悪意もなかった。真っすぐで、嘘偽りのない彼女の言葉が私は好きだった。
一体何が彼女を変えてしまったのだろうと思う。仕事だろうか、それとも彼女の夫か、単純に時間が彼女を変えてしまったのか。おそらく愛だ、と私は思った。愛が彼女を完膚なきまでに変えてしまったのだ。
作り置きのじゃがいもと鶏肉の煮物を電子レンジで温める。千切りにしたキャベツにマヨネーズと胡麻ドレッシングをかける。お腹が空いているわけではない。何か物を食べたいわけでもない。強いて理由をあげるなら夕食をとるべき時間になったからだった。何も食べずに、もしくはごく少量の物だけを食べることで生きていけたらどれだけ良いだろうと思う。何も食べずに痩せこけ、骨と皮だけになっていく自らの姿を私は想像する。それは容易に想像することができた。
ふいに、パチンと何かのスイッチがオフになっただけで私は、ダメになってしまうだろう。雪かきをやめた道のように、生きるという選択肢がなくなってしまう。しかし同時に案外しぶとく生き残ってしまうかもしれないとも思う。これまでの人生のように、私は慎重になろうと思えばどこまでも慎重になれる。スイッチに触れることを避け続けることができる。
私の愛がね、どんどん擦り減っていくような気がするの。愛しているの。愛していたの。でもね、擦り減っていく。そのぶんだけ孤独になる。
彼女には私の言葉は届かない。なぜなら私がその言葉を彼女に向かって発することがないからだ。でも一度だけ、ひどくお酒に酔った彼女に、私がいるじゃないと言ってしまったことがある。
私がいるだけじゃ足りないの。
そうじゃない、そうじゃないわ。すごく深い穴がね、私の後ろにはあるの。ごうごうと風が吹き込む音がする。それが怖くて私は座り込んでしまう。そんなときに大きな手で私の目と耳を塞いでくれる人が必要なの。それだけのことなの。
ここ数か月、YouTubeでずっと同じ人たちの動画を繰り返し見ている。アセクシャルとレズビアンの女性二人組のカップルチャンネル。初めは恋愛やセクシャリティに関する話題に興味があって動画を視聴していた。しかし次第にふたりの雰囲気が私の生活のなかに溶け込み、孤独を紛らわす手段として動画を流すようになった。チャンネルの更新は二年前で止まっている。何も言わず、姿だけを画面上に残して彼女たちは消えてしまった。彼女たちの動画で愛を語るテーマのものがあった。私にも愛はあるよ、と言っていた。
彼との間に、子供をね、つくろうと思うの。彼女は帰り際にそう言った。
私の力で守っていけるものがほしいの。
彼女が学生のころ、誰にもバレていないと思い込んでいるインスタグラムアカウントで、子供をつくるという行為はグロテスクなものに思えると言っていたことを覚えている。傲慢で、ひどく無責任だと。彼女がその言葉を忘れていないであろうことを私は知っている。
私は彼女のアカウントをインスタグラムの検索欄に入力した。ずっとそうやって彼女のアカウントを追っていた。彼女の結婚とともに更新は止まり、私もそのアカウントを覗くことをやめた。やはりアカウントはなくなっていた。
iPhoneの電源を切り、机にうつ伏せの状態で置く。それからiPadから流れているYouTube動画を停止する。私はゆっくりと後ろを振り向く。誰もいない。何の音もしない。私以外に動くものが何ひとつない空間がここにはある。