GWが始まった。なんだかもうこういう中途半端な休暇(学生の夏休みとかじゃない)を楽しめる気がしなくてちょっと憂鬱。行きたいところなんてないし、やりたいこともないし、私を外に連れ出してくれる人もいないしで、どう休暇を過ごせばいいのかわからない。

うわさによれば11連休らしい。会社の方針?でGWの真ん中も有休を取らされた。休みたいからいいのだけど、有給がごっそりなくなり、ちょっと不安になる。心配性なのだ。でも去年は風邪ひとつひかなかったから、何とかなるだろうとは思ってる。

午前中は小説を書いていた。創作大賞ようのものではなく、少し前にツイッターで小説の書き直しっこしませんかと言ったら、いいですよと言ってくれた方がいたので、その作品を書いていた。私が書くならこうなるなと思いながら、書けば書くほどどんどん暗くて、惨めなものになっていく。青春ものなのに……

小説の書き直しってなんというかどこまでも変えてしまえるから音楽とかと違って難しい。つい最近、バルーンのシャルルをadoとキタニタツヤがリメイクしていたけど、あんな感じで原曲のメロディーを残してアレンジするみたいなことが小説だとよくわからない。ちなみにシャルルはflower以外認めない派。人間は歌に気持ち悪い感情を乗せるのでダメ。

午後はハン・ガンのギリシャ語の時間を読んだ。とても遠くて、静かな小説だった。

むかしツイッターで「創作は祈りだよ」と言ってる人を見た。バズってたとかぜんぜんそんなんじゃなくて、どういうわけかたまたま目にした。たぶん誰かの受け売りであるその言葉がどうしてかずっと忘れられないし、私の創作の方針になっている。

ハン・ガンは私が思う「創作は祈りだよ」を体現したような文体で本当にすごいなと思う。というかあの文体で長編小説を書くということが私には信じられない。

文体というのは生き方であって、価値観で、祈り方であると思っている。つまり彼女はあの文体で生きているのだ、この現代社会を。私はその文体を借りて世界を見ることすらできなかった。どうやったらあんなに静かで、白くて、息が詰まるような文章を書けるのだろう。

読み終えて図書館に行った。小説のなかにプラトンの話が出てきて、なんとなく哲学を読んでみたくなったから、それを借りに行った。哲学でいうと私はツァラトゥストラはこう言ったしか読んだことがない。

プラトンのソクラテスの弁明とショーペンハウアーを借りてきた。なんか一瞬で挫折しそうな雰囲気しかしないけど、とりあえず読んでみる。

図書館の上には屋上ガーデンという場所がある。存在は知っていたのだけど、そこへ繋がる階段を上ってる人を見たことがなくて、立ち入り禁止かなにかになってるんじゃないかと思っていた。

行ってみるとそこには中途半端に手入れされた、たしかに屋上ガーデンがあった。花壇があってベンチがあって、よくわからない丸いオブジェみたいな椅子があってという感じ。悪くない場所なのだけど人がいた痕跡すらなかった。忘れ去られた場所みたいで怖くなって端まで歩いて帰ってきた。

ずっと誰もいない場所というものを探していたのだけど、本当に誰もいない場所でポツンとひとりでいるのはなんというか恥ずかしい。私がボケっとそこのベンチに座っていたときに、高校生のカップルとかが来たらどうしようみたいなことを考えてしまう。地縛霊でも見たと思われるんじゃないだろうか。

でもそんなことばかりを考えていたらどこにも行けないので、明日もし天気が良かったらまた行ってみようと思う。午前中の暖かい時間に行けば誰かいるかもしれないし(それもそれで嫌なのだけど)。

GWは誰とも話さずに終わるんだろうなと思うと孤独が怖くなったりする。ずっと同じことを言ってる気がするので孤独についてはもう書かない。