恋愛映画を見てると恋愛って気持ち悪いなと思うことがよくある。よくある等身大の恋愛みたいな謳い文句の映画はだいたい気持ち悪い。

客観的に恋愛を眺めたらそりゃあ気持ち悪い決まっていると思うのだけど、それを見てときめいたり憧れたりする人がいるわけで、よくわからないなと思う。映画の話でいうと気持ち悪いと思うことが多いのは日本の映画なので、純粋に私の解像度が洋画とかより高いからそう見えてしまっているだけなのだろう。

気持ち悪いといっても意味は人それぞれ。性的な部分が気持ち悪いとか、恋愛してる自分が気持ち悪いとか、あとはなんだろう、ぱっと思い浮かばない。

私が気持ち悪いと思うのは、恋愛関係にあったり、互いに意識している男女の雰囲気が最近すごく無理になってきている。気持ち悪くてぞわぞわする。声、目線、仕草、喋り方、触り方、そういうものが本当に気持ち悪く思えてしまう。とくに無理なのは声と喋り方で、どうしてみんな猫なで声みたいな喋り方になるのだろう。

そういう恋愛もあるのだろうし、そうじゃない恋愛もあるとは思う。別にセックスが気持ち悪いと言ってるわけじゃなくて、そこまでのごちゃごちゃが気持ち悪い。

でもそれの何が気持ち悪いのだろう。

昨日YouTubeでたまたま見かけた短編の恋愛映画を見た。そのときの感想が「許されようとしている」だった。何というか自分の醜さとか弱さとかを棚に上げたり、正当化している感じが恋愛にはある気がする。

私って醜いんです、弱いんです、でもあなたもそうなのだから、許しあいましょう。みたいな。でもそれを棚に上げている。

ふたりで共同体をつくって傷を舐め合っているような感じが恋愛にはあって、そしてそれを本当の自分を見せているとして良いことみたいにしている。

でもたぶんそう思えてしまうのは私が醜くて弱いからなんだと思う。きちんとした恋愛というのはそういったものを整理し終えたもの同士がおこなう行為なのだろうな。でもそれってなにするの?とも思う。

許されようとしている。

あなたは生きていていいと誰かに言われて、私は生きていていいのだと思えてしまう。でも本当にそれでいいのだろうか。お前の苦しみはそんな一言で消えるようなものだったのか。もし消えたとして本当にそれで解決なのか。ただ結論を引き延ばしているだけなんじゃないのか。

人生って、たった一人の人間を愛しているだけで終わってしまうような短さなのだから、それでいいのかもしれない。でも本当にそれでいいのかってときどき思う。