日記 ゲームとトトロ、春、社会人
steamというPCゲームを売ってるプラットフォーム(steamの知名度がわからないため補足)でセールをやっていて、ゲームをたくさん買った。そのなかの「Lake」というゲームをやり始めたのだけどとてもよい。
アメリカ(だったと思うけど)の湖を囲む田舎町でただ郵便配達をするだけのゲーム。主人公の女性は仕事に疲れて二週間だけ休暇を取って、20年ぶりに実家のある田舎に帰り郵便配達をするというストーリー。交流する登場人物もみんな田舎の良さを知っているという感じでとてもおだやか。こういうゲーム好きなんだよなと再認識した。
私はどうもアメリカの田舎町が好きなようで、その町をトラックで運転しているだけでなんだか楽しい。自然に囲まれていて、ダイナーがあって、住宅はだいたい平屋で芝生の庭がある。そういうところに住みたいなと思うけど、私は外国に住むどころか行く勇気もないので、日本の良い感じの田舎町に住みたい。
日本の田舎の森はもりもりしてるけど、アメリカ?とかの森はなんだかスマートに見える。北海道とかそういう寒い地域に行けばスマートな木が生えているのだろうか?
日本のもりもりした森も嫌いじゃない。トトロを見て初めてそう思えるようになった。別に嫌っていたわけじゃないけど。
トトロって素晴らしいという話をちょこちょこしているような気がする。日本の田舎をあそこまでリアリティを持って美しく表現できる人はきっともう現れないんだろうなと淋しく思う。
トトロの好きなシーンについて少し語る。みんなでいなくなったメイのことを探しているなか、サツキが猫バスで田んぼの上を駆け抜けるシーン。猫バスが通るとぶわっと風が吹いて、田んぼの稲が風でへこんだように揺れる。周りの大人には猫バスは見えないから、ただ風が吹いただけのように見える。
田んぼに囲まれて生きていると、そういう風景をよく見かけた。遮るものがないから強い風が突然ぶわっと吹いて、そうすると稲が風の通り道を伝えるかのようにへこむのだ。それを猫バスが通ったあとだと表現するのは美しすぎて言葉が出ない。この人は私なんかよりずっと日本の田舎に住んでいて、そしてずっとその美しさを知っているのだと思うとなぜだか涙が出そうになる。
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春になると学生時代を思いだす。学生時代といっても一年前まで学生をやっていたので、思いだすのは中学とかそのくらいの時期のこと。入学とかクラス替えみたいな環境の変化への期待と不安が懐かしさをほんのりまとって心の奥底でくすぶる。
私は社会人になった。なので4月だからといって何かが変わるわけじゃない。でもなぜだか桜みたいな色のモヤが春のにおいを感じるたび心でくゆる。学生時代も特別何かあったわけじゃないのに、どうしてだろう。ただ、そういう感情を春になるたびずっとずっと感じていたいとは思う。
春になったら不安になって、夏になったら憧憬を、秋になったら淋しさを、冬には悲しさを感じればいい。
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SNSを始めたときは私がいちばん年下だった気がする。それがだんだん自分より年下の人を見かけるようになった。noteのフォロワーさんは年上と年下が半々くらいなんじゃないだろうか。プロフィールとかに年齢なんかが書いてあって、それが自分より下だとうげっと思う。私はいったい何をやってるんだ、たまたま先に産まれて、ちょっとラッキーで生きていけているだけじゃないか、と思う。
年齢なんて関係ないというのはわかるけど、やっぱり年下だと文章を読むだけでもちょぴり緊張するし、年上だとわかっていればなんだか安心して読める。昔からだけどたぶん年上の人が好きなんだろうなと思う。
年下といってもひとつ、ふたつの差なんだけど、学生と社会人というだけでなんだか勝手に壁を感じてる。私を見てもらえばわかるように社会人なんて偉そうにできるほど大したものじゃないのだけど、やっぱりこう傍から見ればというかラベルだけ比べると壁があるように思えてしまう。
私が学生のころは自分が社会人になるなんて想像もできなかった。だいたいみんなそうなんじゃないかと思うけど、どうだろう?
私は社会人を一年間やったけど、未だに自分が社会人だという事実に上手く馴染めずにいる。この感覚が多数派なのかどうかはわからない。でもそんなことを言ったら、私はずっとそういう自らの立ち位置に馴染めなかったと思う。
大学のころだって私が大学生だということはなんだか奇妙に思えたし、高校のころだってそうだった。マリオで時間という壁に背中を押されながら、穴だとかクリボーだとかを避けているうちに勝手に次のステージに進んでいるような感覚。高校も大学もクリアした感覚なんてひとつもない。
でも社会人になって「チュートリアルは終わりです。さあ自由にあなたの旅を始めましょう」と言われて、私は少しほっとした。ようやく立ち止まることを許されたような気がした。もちろん時間は進んでいるけど、前ほど背中を押されているような感覚はない。
この感覚は少数派だとは思う。職場に恵まれたのもあるだろうし、出世なんてしないとはなから決めて仕事をしているからだと思う。正直、高校の方が100倍くらい辛かった。
なのでこれから社会人になる人はそんなに不安に思わなくても大丈夫じゃないかなと思うのだけど、無責任すぎるので何も言わないでおく。
こういうことって「私が大丈夫だったのだからあなたも大丈夫」と判断してしまいがちだけど、人には人の痛みがあるので何とも言えない。
私の痛みと他人の痛みは違う。そのことに気づくのにずいぶん時間がかかってしまったし、未だに理解しきれていない。他人の痛みを感じることより、他人の痛みを理解することの方がずっと難しいと思う。
他人の痛みを理解する。そういうめんどくさくて、大変なことをやっていくのが大人なのかもなあとぼんやり思った。