家に帰って、ベッドに入るまでの動きが洗練されてきている。美しい。

一度も流れをとめずに、家事やらお風呂やらを終えることができると快感を感じる。気持ちいい。

私は生活が好き。朝起きて、布団をたたみ、お茶をいれ、朝ごはんを作る。掃除をする、お風呂に入る、眠る。そういうなんでもない日々をタスクのようにきちっとこなしていくのが好き。

何かやることがあるっていいことだ。暇だといらないことを考えてしまう。それに丁寧な暮らしって気持ちがいい。

ただ、私には仕事がある。そのせいでたとえば朝、布団がたためなかったりする。そういうことが私のストレスへと変わる。

そんなに多くを望んでいるわけじゃない。ただ、日々の生活ができればそれでいい。キチキチと内向的に暮らしていくのが私にはあってる。それなのに外へ引っ張り出される。

あ〜やだやだ。一人で生きていきたい。誰とも関わりたくない。洞窟とかに住みたい。森で木の実を食べて生活したい。

さびしさなんて知るか。今の私はさびしくない。

今日は洗濯をして、軽く掃除までできた。洗濯はやるつもりだったけど、掃除ができたのは嬉しい。家がきれいだと、心もきれいになる気がする。

本当にこれだけでいいのにな。どうして色々と望んでしまうのだろう。焦燥やさびしさって一過性のもの。どうしてそんなものに惑わされて、この生活に満足できないのだろう。

一人で生きている人というのが、意外と少数派でたまに驚く。文章を書いてる人なんて、みんな孤独なのだと思ってた。でもそんなことはない。私より孤独な人っていないんじゃないかとときどき思う。

でもまあ、人はみんな孤独なのだろう。誰といようが関係なしに、根本的には孤独なのだ。だから文章を書いたり、さびしくなったりする。

暖かいベッドでぐっすり眠り、明日の朝、空が晴れていれば本当にそれだけで幸せだ。本当にそれだけで幸せなはずなのにな。