仕事をするようになって、明らかに小説が書けなくなった。いや、1、2年くらい前からかもしれない。それでも就職してから、時間がないとかそういうことじゃなくて、どうしても書けないと思うことが増えた。

書きたいという意欲はあるのに、いざ書こうとすると書くべきものはすっと霧のようにつかめなくなり、手をバタバタさせながら、書きたいという思いで息だけが苦しくなっていくのを感じた。私はもうこのまま一生書けないのかもしれないと不安になった。

だから逃げるようにnoteを書いていた時期があった。文章を書いているときだけは息ができたから。

小説だけが幸せじゃないよねと私は自分に向かって言った。誰もそんなこと言ってくれないから、私はそんな風に自分で自分を慰めたり、励ましたり、傷つけたりする。

たしかにその通りだと思った。いままで書いてきたものをぜんぶ捨てて、なんか恋人ができて、いつかは結婚してみたいな人並みのハッピーフューチャーを夢みた。なんというかそれがいちばん幸せな人生の落としどころな気がした。

辛いこともありました、むかしは小説なんて書いてました、でもいまは安定したそれなりの幸せがあります、みたいな。

でも結局、色々と考えた結果、恋愛とか結婚はよくわからないし、私にはムリそうだという結論になった。

毎日仕事をしながら、いつどうやってやめるのがベストか日々考えてる。周りには結婚して、子供もいてみたいな人が多い。結婚して、子供までいるとなると仕事はやめることはできない。ずっと死ぬまでこの仕事を続けていくことになるのかと思うと怖くて仕方がない。毎日残業してきびきび働いている人たちを見て、いったい何なんだこの人たちはといつも思っている。

人々はなにを考えて日々生きているのだろう?高校のころそればかりを考えていた。この受験勉強がいったいどこに繋がるのか、どうしてこの人たちはこんなに一生懸命勉強することができるのか、この先の人生は明るいのか、まったくわからなかった。

最近、また同じように感じることが多い。たぶん集団に属しているからだと思う。本当に奥さんとお子さんがいるだけの生活が幸せなんですか、こんなに仕事をしてまで守る幸せなんですか、って聞いて回りたい。もう怖くて仕方がない。

もちろんその人には、その人の、私には見えない幸せがあるのだと思う。仕事だって楽しいのかもしれない。でもその他人の幸せが見えない状態というのがまた怖い。私には感知できない種類のものを人々は感知し、それを幸せとしている。こんなに怖いことってあまりない。

脳内で「働きすぎだ、私」と警告が来ている。まだ当分は大丈夫だろうけど、この生活を続けているといつか心が壊れる、何かしらの対策を、と言っている。ほぼ毎日定時で帰ってるんですけど、という私の反論は聞き届けられない。

みんな何のために仕事をしているのだろう。いったん真剣に考えて、その答えを私に教えて欲しい。どうにか上手な生き方を模索していかなければいけない。

仕事の話になってしまったけど、私の話したかったことってこれじゃない。

最近、物語を書けるようになってきたのだ。私の中に物語が生まれ始めている。それが私にとってどんなにうれしいことか、どれだけの人に伝わるだろう。

小説を書いていると、これが結果にならなくても、誰の心に届かなくても、ただ書いてるだけで幸せなんだとよく思う。結果がドンって出て、仕事をバンってやめられるに越したことはないのだけど、そんな上手くはいかない。

この身、すべてをささげて、創作者として生きていきたい。もう何もいらない、他には何もいらないと思う。でも命をかけて切り詰めてものを創るようなやり方は向かない。私の命にそこまでの質量と体積はないから。だから欲しいのは平穏なんだけど、それがいちばん難しい気がする。

マシュマロ


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