【短編小説】ロストバゲージ
「どうして同窓会になんて来たのよ」
問い詰めるようにケイに言うと、彼はうつむいて小さく「悪かった」とつぶやいた。それから彼はため息をついて、公園のベンチに腰をかけた。
「ケイが来たせいで、雰囲気はサイアク。もう二度と同窓会に来ない人もきっといるわ。私みたいに」
彼を傷つけようと他にもいくつか言葉を投げつけたが、彼はもうすでに傷つききっていた。彼からの反応もなくなり、私は責めるのをやめた。何かを拭うかのように地面と靴の裏を擦り合わせつづけた。しかしそんなことをいくらしたところで靴の裏が綺麗になるわけじゃないし、サイアクだった同窓会の記憶は消えない。
ケイが来るまでは和やかな空気で同窓会は行われていた。ほとんどが中学以来顔を合わせておらず、開いてしまった微妙な距離を互いに自らの過去を持ち寄って埋めていく。もちろんそこにケイの話はない。しかし禁忌のように誰もが避けているというわけではなく、みんな彼のことなんてすっかり忘れているようだった。ただそこに本人が現れたら話は別だ。全員が嫌でも彼のことを思いだし、冷たい水でもかけられたかのような空気が流れた。
「なんで来たんだよ」
ふいに誰かがそう言って、全員がケイを責めるような目で見た。何もできなかったあのころとは違うという意思が感じられた。その後の展開は必然であり、仕方なかったと言える。だから私は彼に「どうして同窓会になんて来たのよ」と責めたのだ。自分が大勢からあのころの仕返しをされることが想像できなかったのか。もうなんでもかんでも威圧的にふるまって解決できる時代ではないのだ。みんなそれなりに大人だし、それなりの力を持っている。
「お前に壊された自転車さ、修理するの高かったんだよなぁ。弁償してくんね?」
「おいおい、何年前の話だよ」
「心の傷の話をしてるんだわ」
「そういえば私もお気に入りのシャーペン壊されたぁ」
冗談交じりの悪意が飛び交った。そこにいたのはあのころの傲慢で、威圧的なケイではなかった。ただじっと黙って、ひとつひとつの言葉に耳を向けるただの青年だった。そんな雰囲気に耐え切れず、私は彼の手を取って店を出た。そうする他なかった。彼らだってそんなこと言いたくはなかっただろう。ただ言わざる負えないのだ。
「こんなつもりじゃなかったんだ」とケイはつぶやいた。
「じゃあどんなつもりだったの。ごめんねって謝ればみんな許してくれると思った? それで仲良く同窓会に参加できるとでも?」
「違うよ。そうじゃない。ただ……いや、そうだな。その通りだ。自分が許されるのか知りたかった」
「それじゃあ許されてないことがわかったわけね。私たちの同窓会をめちゃくちゃにして、これで満足?」
「君に会いたかったんだ。会って謝りたかった」
私は彼を見た。蛾が集った外灯がぱちぱちと点滅しながら彼をぼんやり照らしている。彼はじっとうつむいたままだった。
「私に? どうして私にだけ。もっと他に謝る人がいるでしょう。例えば山下くんとか」
「あいつには謝罪したよ。ずいぶん時間がかかった。でも謝罪の機会をもらえた」
そんなことを彼がしていたなんて知らなかった。店に入って開口一番に彼が謝罪をしたのも反省からだったのだろう。ただそれを私たちは誰も受け取ろうとしなかった。
「ずっと考えてた。どうしたら償えるのだろうって。答えはわからなかった。だからこうしてのこのこ謝罪に来たんだ。別に許してもらえるとは思っていない。ただそうしないことにはどこにも行けないんだ。俺は」
月が雲の隙間から姿を見せて、私たちを柔く照らした。私の行き場のない怒りはすでに収まっていて、彼のことをようやく真っすぐ見ることができた。私の脳裏でいまの彼と幼いこと彼の姿が重なった。私の好きだったケイに戻ったのだと思った。感受性が豊かで、誰にでも分け隔てなく笑顔を振りまいていたケイ。
「ただ、ユカにだけは許してほしいんだ。俺はひどいことをしたと思う。君は最後まで俺の味方であろうしてくれたのに、俺はそれを裏切り続けた。正直他のやつのことは、どうでもいいというか気にして仕方ないって思ってるんだ。中学三年のとき、ずいぶんひどい目に合わされたし。でも君にだけは俺を許してほしいと思ってる」
彼がいちばん荒れていた、中学二年のころ私と彼は同じクラスだった。しかし三年になりクラスが変わると彼は周りから無視されるようになり、次第にそれはいじめのようなものへとエスカレートしていった。要するに仕返しだった。やられた分はやり返す。罪には罰を。その転換のきっかけとなった出来事が二年の終わりにあった。私はそのことでずっと彼に黙っていることがある。
「許すも許さないも、私はケイを恨んだことなんてないわ。それにそんなこと言う資格もない」
「資格?」
「そう、資格がないの。覚えてる? 二年の終わりに内山さんの筆箱が窓の外に投げ捨てられてたこと。そしてそれがケイのせいになったこと」
「よく覚えてる。あれは俺がやったことじゃないから」
「うん。あれは私がやったの」
彼ははじめ、私が何を言っているのか理解できていなかったのか、じっと私のことを見つめていた。それからだんだん目の焦点が合わなくなり、ぼんやりと遠くを見つめるような表情になった。ふと私の中で何かが消えていることに気がつく。ずっと押入れの中に入れておいたはずの荷物がいつの間にかなくなっているような感覚。
「怒らないの? それとも私に失望した? 私もあなたをいじめてた側の人間と同じなのよ」
「怒らないよ。昔ならどうだろう。癇癪を起していたかもしれない。でもいまは違う。どうしてそんなことをしたの?」
「嫉妬。ときどき抑えられなくなるの。あのときは彼女が多少傷ついて、困ってくれればいいなって思っただけだった」
「その、未だに、そういうことをしちゃうことはある?」
「もうないわ。あのときが最後。ケイのせいになってしまって、私はとんでもないことをしたって思ったの。それ以来、やってない」
彼は何も言わず大きく息を吐きだした。その息は彼の頭上にしばらくとどまったあと霧散した。
「あれは俺にとっても大きな出来事だった。今でもはっきり覚えてる。あのときの内山さんの涙、先生の顔、クラスの雰囲気。すべてが俺を責めてた」
「ごめんなさい。私が名乗り出るべきだった」
「いや、いいんだ、別に。俺が耐えられなかったのは、自分がやっていないことを証拠もなしに責められたことだ。君のせいじゃない」
「私のせいよ」
「違うよ。クラス全体がそういう空気だった。どうせまたお前だろって。視線が背中に突き刺さるのを感じた。でも俺じゃなかった。俺が何より辛かったのは先生が、俺の名前を出したことだ。あなたがまたやったんじゃないのって。何か理由をつけて俺を叱りたかったんだ、自分を正当化するために。俺が否定すると、先生は普段の行いが悪いからこういうとき真っ先に疑われるのだと言った。そのとき気づいたんだ。別に犯人が誰であろうが、興味がないんだって。興味があることは俺が罰せられることなんだって。だから、その日の放課後自分から先生に言ったよ。俺がやったって。そしたら先生は俺を褒めた。それから内山さんに謝ってこの件は終わった」
私は何も言うことができなかった。裏切ったのは私の方だ。最後の最後で彼のことを、彼からの信頼を手放して諦めてしまった。私だけは味方でいると決めていたのに、そんな決意はいつの間にか失くしてしまっていた。
「人は生まれたときから何かしらの罪を抱えて生きてる。過去の人々が犯して償いきれなかった罪を。俺はそれを償ったのだと思ってる」
私はどんな罪を背負っているのだろう。それともまだ償うときが来ていないだけなのだろうか。私は罪すらもどこかへ失くしてしまったのかもしれない。
「話を戻すよ。俺は君に許されたい。そうしないことにはどこにも行けないんだ」
「ねえ、許すのはいいわ。私だってあなたに酷いことをした。これでお互い様でしょうって。でもいったいどうすればいいの。もう何もかも終わったことなのよ。そんなもの失くしてしまったわ。私たちにあるのは罪だけ。そして罪というのは最終的には自分で許すものなのよ、きっと。でもいつだったか、誰かに預けて、そのままどこかへいってしまっていたわ」
彼は立ち上がって月を見上げた。それは相変わらず私たちの頭上にありつづけている。私は視線を落として辺りを見渡した。目の前にはさっきまで彼が座っていたベンチがあり、寂れた滑り台と砂場が私にここが公園だということを知らせた。生きるということは無実の罪を償っていくことなのかもしれないと思った。
「ねえ、失くしたものは探すべきだと思う?」
と私は言った。
「わからない。でもここにはなかった」