私の恋愛観まとめ
note創作大賞への応募作です。何を書こうかと考えたとき、私の過去の記事で一番閲覧数が多いのが恋愛系の記事なので集大成的なものを書きたいと思っています。何度かチャレンジしていますが綺麗に書き上げたことはないです。
私と恋愛
私は恋愛のことを救いあいだと思っていた。もしくは治癒だとかそういう、相手を通して自分を改善していくことという感覚だったと思う。この価値観は村上春樹のノルウェイの森から来ている。初めて触れた恋愛がこれだったので、ひよこみたいにそのまま影響を受けてきた。
恋愛は美しいものだという思いがずっとあった。とても物語的で、救いがあって、終わりがなくて、終わりがあって。だから私もいつかそういう恋愛をしてみたいなと思っていた。
でも世間一般の恋愛ってどうやら私の想像と違うと少しずつ気づき始めた。大学生になってずいぶん経ってからだと思う。私にとって恋愛は、普通に歩いていたら急に落っこちるものだと思っていたので、自分から積極的に関わっていくものではなかった。
だから恋愛に関する知識というか感覚は遅れているのだと思う。そもそも孤独に生きてたから周りに恋愛がなかったし、数少ない友達ともそんな話はしなかった。「恋愛なんてわかんないよね」みたいな話すらなかった。
そんな私が恋愛について語っていこうと思う。恋愛経験のない人間をこじらせた奴の話なんて聞きたくない人は帰ってもらって結構です。ただ恋愛の外野の意見として何かひとつでも得るものがあったらと思いこれを書いてます。
恋愛ってなにさ
恋愛ってなにさ。恋愛について書くたびに、「恋愛ってなに?」みたいに検索をかけるんだけど、思春期の女の子みたいで笑っちゃう。しっくりと来る答えには出会っていないけど、ウィキペディアの恋の説明にあった「思い慕うこと」がわりと好き。そうだね、恋はそうあるべきだと私は思う。
思い慕うこと、恋しく思うこと、それが恋であると思う。思う先が人であろうが、推しであろうが二次元だろうが、えんぴつであろうがそれは恋だと思う。ただ「恋愛」になると定義が狭くなり「特定の異性」になる。
恋はわかる。実際に特定の異性に恋をしたことがあるし、思い慕う人、モノは多くはないけど確かにいる。でも恋愛になると途端にわからなくなる。
恋に相手は関係ないけど、恋愛には相手が関係する。恋の本質は片思いだと私は思うけど、恋愛の本質は片思いではない。恋が実る、実らないとは言うけど、恋愛が実るとは言わない。恋は個人的で独立したもので恋愛には相手がいる。
じゃあ恋愛ってなにさ。私にはわからない。恋と恋が合体したら恋愛になるみたいなイメージ。進化系とか派生とか。あと、恋は感情のことだけど、恋愛というと関係性を指している気がする。
恋愛がわからない
私は過去の記事で自分をクワロマンティックかもしれないと書いた。クワロマンティックというのは恋愛感情と友情の区別がつかない人という意味(正確なものかどうかかわからない)。その自認はいまだにしっくりは来ていなくて、その周辺の何かという感覚。
私の感覚だと恋愛は異性と行うもの、友情は異性同性関係のないものという認識がある。これは世間一般の普通と同じ感覚だと思うのだけど、私は恋愛的なあれこれにあまり興味がない(あとで詳しく書こうと思っている)。
なら、そこの区別っているのだろうか。恋愛だって相手を異性に限定する必要はない。
私としては一緒に遊んでくれる人がほしくって、それが異性だったらいいなって感じ。具体例をあげるとディズニーランドに行きたくて、そのときに横にいて不自然じゃない人がほしい。一人で行くにはハードルが高いし、男二人(私の生物学的性は男です)で行くのはなんか気持ち悪いし、大人数で行くのもめんどくさい。
一人で行けるなら一人で行くんだけどね、あそこに一人で行って、一人で楽しめるほど、私の心は強くない。
私のセクシャリティ
私のセクシャリティについても少し話そうと思う。恋愛観を誰かに伝えようとするとき必然的にセクシャリティの話と繋がってしまう。私はゲイでもレズビアンでもバイセクシャルでもないのに。恋愛というのは心の性とか、性的指向とかそういう性の話と密接に関係しあっている。
私の心の性は自分でもよくわかっていない。自分のことは男性だと認識している。でもそれは男性として生まれたから、男性として生きてきたからそう認識しているという感覚。心に性別があるのかって思うし、どちらの性別もいまいちしっくりこないと思ってる。
どちらかといえば女性になりたくて、でもそれは私が女性を好きだからなんじゃないかと思ったりもする。もし私が女性だったら、性別関係の色々とめんどくさいことがすべて解決するんじゃないかと想像することがある。でもそれは生物学的な女性として生まれたかったということで、いまから性別を変えるのは違和感がある。
私は男性より女性と仲良くなりたいと思ってる。それは女性の方が好きだし、感性が近い気がするから。それに男性のことをうっすら嫌ってる。でも私はコミュニケーション弱者だし、基本的に人と話したくないから、いつも一人でいる。
恋と恋愛の話を上でしたけど、私は恋愛感情はわからないけど、恋という感情は痛いほどよくわかる。でもその恋という感情は異性にも、同性(推し)にも、モノ(小説)にも同じように抱く。だから恋愛がよくわからないのだと思う。小説と恋愛関係になりたいとはあんまり思わないでしょ。
ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと
陰謀論みたいになるけど恋愛って社会的?に作られたものな気がする。あまり詳しくはないけれど、同性婚が認められないのも恋愛は異性同士じゃなきゃ不都合が出る人がいるのかもしれない。なんにもわからないけどね。
このnoteを書くにあたって一冊の本を読んだ。
「ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと / アンジェラ・チェン 羽生有希訳」
https://sayusha.com/books/-/isbn9784865283662
アセクシュアルというのは「他者に性的に惹かれない人」という意味。面白かったのでACE(アセクシュアルの人)の方もそうでない方も読んでみてほしい。といっても400ページくらいあるけど。
この本の中にセックスは政治的なものであるみたいな表現がある。どこに書かれているかメモってなくて正確に引用できない、ごめんなさい。だからあくまで私の感想くらいの感覚で読んでほしい。
女性は性的欲求が少ないという偏見がある。これは日本でもそうだと思う。そこから派生してアメリカ(確かアメリカの話)では、それは女性へのステレオタイプ的な偏見なのだから、反抗していかなければいけない。だからハチャメチャにセックスをするべきだ。そうでない人はそのステレオタイプ的な思想に屈しているみたいな考えがあるらしい。
これは極端な例だけど、これは男性側にも言えること(男はセックスをしたいものである)だろうし、恋愛にも言える。恋愛は誰もが当たり前に経験するもので、しない人はどこか問題があるみたいな。
またこの本にセックスは感情的に行っているのではなく義務的に行われているみたいな表現があった。まったく正確な引用じゃなくて申し訳ないです。感情的というのは、感情に身を任せてセックスをするみたいな意味で、義務的というはこうすることが推奨されているからそうするみたいな意味合い。
セックスのやり方を息を吸って吐くみたいに本能的に知っていたわけじゃないでしょ?ということ。
確かに、と思った。学校で学んだ性教育がなければ、正しい知識を身につけられなかったと思う。社会的に正しい性行為のやり方が提示されている。そしてそれは異性同士のものしかない。(けど、それはどうなんだろう、当たり前といえば当たり前な気がする)
恋愛も同じでこうするべきだという筋道が決まっている。告白して、まずは手をつないで、次はキスをして、みたいな。でもそれは本能的に知っているものじゃなくて、ドラマとか映画から身につけた理想の恋愛の知識でしかない。
あなたたちがそれを理想の恋愛(セックス)とするのはいいけど、それを私たちに押しつけないでみたいな話をこの本ではずっとしている。理想の関係というのは人の数だけある。
恋愛についてくるあれこれ
上で書いた恋愛的なあれこれというのは性的なものを指してるんだけど、私はそれにあまり興味がない。あまりと濁しているのは完全に興味がないというわけじゃないということ。正確に言語化すると「特定の誰かと、性的(もしくは恋愛的)な関係を私が持ちたくない」になると思う。他人がキスする分にはいいんだけど、自分がするとなると気持ち悪く感じる。若干嫌悪がある程度。
恋愛に関しても同じで、恋愛の駆け引き?というかアピール?みたいなのが苦手。昨日、私が歩いていたら前からカップルが来て、私とすれ違う時に彼氏が、彼女の腰を掴んでぐっと自分の方に引き寄せた。気持ち悪くないですか。上手く言語化できないけど、そういうのが苦手。
私には誰かと恋愛的な関係になりたいという欲があんまりないのだと思う。ずっと理解できなかったし、いまだに理解できてないと思う。セックスがしたいから恋愛関係になるんでしょって思ってる。嫉妬とか独占欲がわからないわけじゃないんだけどね。
私の恋愛観にぴったりな言葉が上の本にあったので引用しようと思う(これはメモってあったけど、ページ数まではわからなかった……)。
誰かを惹きつけようとするのに他の子はなんかエネルギー出してるって感じだね。このエネルギーって何なのか私はいまだにわかりゃしない
ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと / アンジェラ・チェン 羽生有希訳
まとめ
読んでくれた方に何かをためになるものを提示するつもりで書いていたのに、結局私が書きたいことを書いた感じになってしまった。引用もテキトーだし(やる気が出たらきちんと直します)。
別に恋愛至上主義社会に物申したいわけじゃないし、周りから恋愛圧力みたいなものをかけられたこともない。ただ言語化したいから書いただけというのが正しい。まだ言語化しきれていない部分があるので、またいつかそのことについて書くと思う。
軽く書くと、この恋愛観は自分が生きやすくなるための思い込みから来てるものなんじゃないか。自己嫌悪とか性嫌悪から来てるセクシャリティなのではということ。あとは周りのイメージに合わせているだけではないか、みたいなことも言語化したい。
私は偉そうなことを何も言えないので、これで終わりにします。長々とありがとうございました。
マシュマロ
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