エモい人になりたかったりする。ああ、私のエモい人。

私はエモいという言葉を使わないと決めている。なぜなら若者に多大な嫉妬があるから。若者なのに。

エモいという言葉にエモいなんかじゃすまないくらい大きな感情を抱えている。

私もああなりたかった。エモいは私の理想なのだきっと。だからくだらないと今まで突っぱねていた。そんな三文字に甘えるな、戦え戦え。

でもたった三文字で伝わるなら、それに越したことはない。そういう関係性って素敵だし、羨ましい。

エモいねと話しかければエモいねと答える人のいるあたたかさ

自分の感情がすっきり伝わることほど嬉しいことってない。自分の言語化能力のなさにいつも泣いている。言葉にできなきゃ、存在していないのと一緒なのだ。

泣いてたってわからないよ。

思いは言葉にしなきゃ伝わらない。伝わらない思いに一体どれだけの価値があるだろう。泣き方だって私はわからないのに。

ああ、エモい人の一人くらい作っておけばよかった。ガラスケースにしまって「エモい人」ってラベルをつけて時々、思い出したように眺めるんだ。これは私のエモい人って。

美術館みたいに心に思い出を飾っていきたい。未来は何があるかわからないんだから、過去くらいは綺麗に飾りつけないと。

過去の夢を私はよく見る。夢はだいたい10年くらい前のことばかり。そういえば未来の夢って私は見ない。未来は昼に見る夢で、過去は夜に見るのだろう。

今日だって夢を見た。当時ぼんやり好きだった子ともう一人関係性のあまりない子。本当に好きだった人の夢って全く見ない。たぶん昼間の夢の方に回されてるのかもしれない。そんなつもりは全くないのだけど。

ときどき、夢の中で知らない人に恋をすることがある。運命って感じの恋。そして目が覚めて失恋する。あの人は誰だったのだろうと半日くらい喪失感を引きずる。

誰かのエモい人になりたい。

私を喪失してほしい。私はエモくはなれないから、あなたが私をエモい人にしてほしい。

私以外のエモは嫌いだ、目障りだ、すべて滅べ!喪失する準備はできている。喪失する準備はできている。