私は美しい人なりたい。いきなりタイトルと違うことを言っているのだけど、タイトルはいつも適当なので許しほしい。

これはいま書いている小説の一節で、良い文章だなぁって思ったので使った。最近なんとなく自作の短歌をタイトルにしてるので、これも短歌にしたいと思ったのだけど、なかなか上手くいかない。

良い短歌、良い文章というのはどういうものなのだろう。美しいものというのは言語化できない。この一つ前のタイトルも短歌なのだけど結構気に入ってる。

透明な心をくださいこの恋があなた一人で成り立つように

自分なんていらないんだって意味で、自尊心の低さがうかがえる。肉体じゃなくて心で繋がっていきたいのに、これまた心が厄介で全てが上手くいかない。

かっこいい人、可愛い人、綺麗な人とかってやっぱり持って生まれたものなんじゃないかなって思う。見た目とか性格とか。

私は自分の見た目も性格も嫌いだ。カッコよくないし、可愛くないし、綺麗じゃない。それにカッコよくなりたいとか、可愛くなりたいとか思ったことはない。正直かっこいいとか、可愛いという表現を人に使うことがよく分からない。綺麗な人は分かるけど。

綺麗な人って見た目が綺麗な人と心が綺麗な人がいる。私はそのどちらからも遠いところにいる。だから綺麗な人になりたいと思うことはあるけど、なかば諦めている。

でも美しい人なら、努力次第でなれるんじゃないかって思う。美しさというのは、見た目とか性格とか性別に縛られるものじゃないと思うから。

じゃあ美しい人ってどんな人なのだろう。私は美しいと思える人に会ったことがない。私の人間関係的な問題もあるだろうし、人の美しさというのは表面上には出てきづらい。

ああいう人になりたいと憧れる人も私にはいない。憧れというのは結構危険な感情なんじゃないかと思うし、自分を語るのに他人を出すのはどうなのだろうって思う。もちろんこれは私の考えで、それにたぶん間違ってるけど。

美しい物を創る人がこの世にいることは知っている。本当に美しい物というのは正直多くはないけど確かに存在している。そういった物を心に入れて消化吸収していくことで、人は美しくなれるのだと私は信じている。

美しい人というのがどんな人なのか私にはまだわからない。その人は、人を傷つけないのか、自らは傷つかないのか、恋をするのか、しないのか、悩みごとをするのか、自分のことを愛しているのか。

色んな美しさがあると思う。他人を傷つけながらも美しい人だっていると思うし、自分嫌いな美しい人だっていると思う。正解なんてないし、きっとわたしは一生美しい人になることはないと思う。

それでも美しくなりたいと思い続けなければ、美しい人になることはない。だから今日も今日とて悩み続ける。