恋愛というものがよくわからないのは普通に経験がないからなのか、本当にわからないのか、その区別がつかない。

誰かから好かれるのは嬉しい。私の低い自尊心を慰めてくれる。自分が人から好かれるというのがどうにもわからず、嫌われるか無関心かの二択だと思っているから嬉しい。

誰かを好きになることだってある。私は私のことを好いてくれる人は基本的に好きだし、人のことを嫌いになることは滅多にない(記憶にはない)。

でも恋愛になるとよくわからなくなる。世間一般の恋愛と私の恋愛はどうもズレてるような気がしてならない。

付き合うっていう感覚が昔からわからない。そのうちわかるようになるのかな、と思っていたらいつの間にかハタチをすぎていた。そこら辺の感覚が子供のころからずっと変わっていない。

経験がないからわからない、自分はまだ子供なんだって思ってきたけど、最近になってセクシャルマイノリティの話が出てきてもしかしたらこれなんじゃないかって思うようにもなった。

自分は名前のあるマイノリティなんだと思えば、恋愛ができないのはしょうがないと思えて楽なんだけど、それはただ問題から目を背けて逃げてるだけなんじゃないかって思ったりもする。問題はもっと別のところにあるのかもしれない。

ツイッターをやってるとよく目にする、恋愛経験のない人を蔑む言葉を見ると嫌な気分になる。自分に自覚があって正論だと思ってるからなのだと思う。

そこから逃げるために私は恋愛がわからないと思い込むことはできる。でもそれって逃げてるわけで、上手く言えないけど良い気分ではない。

そんな言葉気にしなければいいだけなんだけど、やっぱり目に入ってしまう。それに気にしないというのも逃げているような気がする。

もっと根本的な問題があるのかもしれない。そもそもセクシャリティというのは後天的に変わることはあるのだろうか。極端な例だけど、暴行されて性愛がムリになりましたみたいな。

先天的な人も後天的な人も、ムリなことに変わりはないのだから同じなのかもしれない。それなら私の恋愛観や性別観にも説明がつくかもしれない。

昔からか、いつからか人との接触がムリになった。異性同性関係なく嫌だ。ムリ絶対ムリというのではなく嫌だという感覚。鳥肌が立つ。これはコンプレックスから来てるものだと思ってるけど、人に触るのも嫌でこれは自分がされたら嫌なことを相手にしないという教えが染みついてるのかもしれない。

手を繋ぎたいと思ったことはないけれど、手を繋いだらドキドキするっていう感覚はわかる。

人と繋がりを持つことが怖くて逃げてるのか、いわゆるマイノリティなのか区別がつかない。いや、人と繋がるのが怖いのは間違いなくて、それが影響しているのか区別がつかないって感じかな。

まあ、とりあえず人と繋がっていこうって話なんだろうなぁきっと。

ここまでの恋愛の話って普遍的な愛が前提となってるんだけど、そもそも愛ってなんなんだろうとも思う。愛がわからない人なんていないみたいな感じがする。

そのうち愛も細分化されていくんだろうなぁ。異性にしか愛を感じない人、家族しか愛さない人。

愛って正直理解できない。こういう根本的なところに問題があるのかもしれない。