自分しか愛せないのに淋しくて花を買っては枯らしてしまう
一人で淋しくないのと言われたことがある。淋しくないよと答えたけど、実際は淋しい。
人に弱みを見せないというか、心を開かない。だから淋しいなんて口が裂けても言わない。でももう少し心を開いていくべきなのかなと思う。このnoteほどではなくても、淋しいと笑いながらなら口に出せるくらいには人に心を開きたい。
一人だから淋しいのか。難しい問題だと思う。確かに人といるときは淋しくないけれど、淋しいときに誰かにいてほしいとは思えない。
淋しくて、誰か誰かと思うのだけど、いま実際に隣に誰かがいたら嫌だと思う。人といるのはそれが誰であろうと疲れる。疲れるとイライラしてきて、きっとそのうち色々めんどくさくなって冷たく接するようになってしまう。たぶん隣にいるのが自分だったとしても疲れるんじゃないだろうか。
そんなんだから基本的には一人でいたい。そして一人でいるといままで外に向いていた意識が自然と内側に向くから死にたくなったり、悲しくなったり、淋しくなったりするのだと思う。
そういうものって減ったり増えたりしてるようで、実際はただ心の中にあり続けてるだけなのだ。淋しさに目を向けるか向けないかなのだと思う。
こうして文章書くと淋しさはなくなる。だから淋しさを正確に言葉にするのは難しい。私の場合の淋しさは会いたいとか声が聞きたいみたいな肉体的な淋しさじゃなくて、心の拠り所がほしい、そんなに淋しさなんだと思う。
なんというか私を思ってくれる人がいる、そう思えるだけで救われるのだ。でも実際は世界中に私を思ってる人なんて誰もいなくて、私だけが私のことを一人で思っている。