生きていてごめんねわたし来年こそ花火大会の日に死のうね
最近は死にたいとか思わなくなっちゃって、ぼんやりぽやぽや生きてる。死にたいと思ってる自分がちょっと好きでファッションみたいな感覚で死にたかった。
もちろんそんな軽々しく思ってたわけじゃないけど、重々しく思ってたって訳でもない。基本的にずっと自分が嫌いだったから(いまも)少しでも好きになれるなら心地よかった。みんな私を否定するけど、死だけは私を肯定してくれた。
死にたい理由は色々あるようで色々なくて、自分でもよくわからない。ひとつあげるとすれば、自分が永遠に自分であること。それが嫌だった。絶対的な理想があってそれとの距離が私の死にたさのひとつだ。
性別みたいなどうしようもない部分で自分を嫌いになってしまったらどうすることも出来ない。諦める以外の選択肢が見つからない。ひとつ諦めたらもうひとつもうひとつと諦めていく。そんな人生じゃあね。
最近は感情が減った。それに伴って死にたさもすっと奥へ引っ込んでいった。死にたくないのに生きなくちゃいけないのか。なんというか空っぽだ。
死にたいから生きてたんだ。このまま無気力に生きててもなぁ。この文章だって何か書かなきゃって思って何も考えずにただ文字を打ってるだけ。
いったいどうしたいんだ。ねえ、教えてよ。生きてたって良いことなんてないのになぁ。そもそも良いことが何かも分からないのに。
こんな無気力無感情にぽやぽや生きたって何になるって言うのさ。