大嫌いな日常に緊急事態宣言
コロナはもう終わったのだろうか。この前、久しぶりに大学に行ったけど、マスクの着用率は半々といった感じだったような気がする。人の素顔というものをずいぶん見ていなかったのだと思った。桜は半分くらい散っていて緑が見えていた。
私はマスクをつけていった。つけてこいとは言われなかったけど、持ってこいとは確か書かれていた。つけてくるなと言われて初めて着用を悩むくらいにはマスクは身体の一部になっている。
コロナの影響を最も受けた大学生は私たちの世代だと思う。高三の終わりにコロナが流行って、大学は入学からすべてオンライン。一年の後半は週に一回くらい大学には行っていたけど、それで何か変わるかといったら変わらない。
入学式は対面とオンラインで行われた。大学の入学式というのは出席しなくて良いものだと思っていたので、私は当然のようにオンラインで、三秒くらいその様子を眺めた。
黒いスーツ姿の人が見たことない広さの体育館に敷き詰められていた(もちろん何かしらの対策がなされていたのだろうけど)のを覚えている。後日、学部内で「大学の入学式に参加した人」と挙手を求められたとき半数近くが手を挙げたことに私は驚いた。私はスーツすら用意していなかった。
サークルなんてものにはもともと入るつもりがなく、友達も正直できるとは思っていなかった。高校三年間の孤独がそう思わせた。
コロナがあと数年早ければ、高校のカスみたいなイベントごとを全て潰せたのにとよく思った。超身勝手で酷い話だと思うし、カスはどっちだって感じ(もちろん私)。でもそう思ってしまうのは仕方ないし、もうそろそろ声に出してもいいかな、と思い書いている。
コロナで文化祭や体育祭、修学旅行など青春がなくなったという人たちは本当に気の毒だと思う。そういうのを傍から見てきた人間だから、彼らがそこにどれだけの熱量を注げるかを知っているし、その素晴らしさと今後の人生に与える影響の大きさもわかる。連日メディアが「一度きりの青春を奪われた彼ら」「当たり前の日常を奪われた彼女ら」に焦点を当てるのもわかるし、声をあげたことで変わったことも多くあったと思う。
ただ私は強い疎外感を思い出した。
別にメディアに文句があるわけじゃないし、彼女らに妬み嫉みがあるかと言われたら、ないとは言い切れないけど明確にあるわけじゃない。だって私は私なのだから。
大学生になれてコロナのせいで独りでいることが当たり前になって忘れていた、独り体育館の隅に座っていた文化祭を思い出した。ああ、そうだ、私はマジョリティの外にいる人間なんだって。あなたは普通じゃないって言われたような気がした。被害妄想。
ずっとこのままならいいのにとよく思った。みんなマスクして、オンラインで、外食がなくなって、人との繋がりが希薄になって、独りで過ごすことが日常になればいいなって思った。でも社会はあるべき日常に戻っていくし、それは仕方がないことだと思う。ただ、私が望むものは誰も望んでいないのだと思うと寂しいと感じるだけ。