人は変わるということ、それが不安だということ
どうもにこです。
ハチ(米津玄師のボカロP時代)曲をずっと聞いてた時期がありました。これからの人生だとか社会だとかに絶望していたころです。しかし最近、ハチ曲を聞くことは少なくなりました。変な言い方ですけど卒業したという感覚です(もちろん今でも聞くんですけどね!)。
clock lock worksにこんな歌詞があります。https://youtu.be/hEyvYm2YRXQ
棺の中 働いて
それでもまあ なんて言いたくはないわ
当時はそうだ、そうだと頭をぶんぶん振ってうなずいてたわけですが、最近「それでもまあ」と思い始めている自分がいるんです。
どっちがいい、どっちが正しい?と言われたら、今の僕の方が正しいですし、真っ当だと思います。ただ、過去の自分が見たらどう思うだろうなぁ、と考えるんです。
過去の自分を肯定してあげられるのって、今の自分しかいないんですよね。だから僕は過去の自分のために、という思いを持って日々を生きています。あなたの選択は間違ってなかった、あなたの苦しみのおかげでこの今があると。
大人になんかなりたくないと彼が言っていたのなら、僕は大人になるべきじゃないんです。そういうことをよく考えます。でも大人ってなんなんでしょう。
僕はnoteを始める前から自分の考えを文章に書いて、それを投稿していました。これはハタチになる少し前に書いたものです。
ハタチ
https://monogatary.com/episode/213422
ずっと19でいたいなぁ、と当時はぼんやりと考えてました。しかし実際にハタチになってみて何か変わったかと言うと”何も”変わってないんです。変わったところがあるとすればハタチだったり、大人になるということへの漠然とした不安がなくなったくらい。
大人ってなんなんでしょう。大人と子供の境界線にまだいるつもりの人間から見ると、素晴らしい大人なんてほとんどいないように思えます。大抵の大人は子供がそのまんま肥大化し、その分あらゆる感覚が鈍くなった、そして経験分の知識がついただけのような気がします。
少し前の僕だったら醜い豚め、私に話しかけるな!と憤っていたでしょう(ぜったいそんなこと言わないけど……?)。ですが今ではそれの何が悪いの?と思います。ああ、人間って絶対に変わらないと思っていたところも変わってしまうんだなぁ、と思いました。
変わってしまうのが怖い。僕はこうしてそのときそのときの感情を何かしらの形にして外に出しているので、当時の自分をそれなりに覚えてるんです。だから少しずつですけど、自分が変わっていっていることが明確に分かるんです。
僕はこれからも変わっていきます。有名な話の、人間の細胞は7年?周期で完全入れ替わるから別の人間、じゃないですけど、あと数年経ったら僕は全く違う考え方をしている人間になっているのかもしれないと思うと少し怖いです。
何が怖いんでしょう。それはたぶん自分に裏切られること、そして自分を裏切ることです。今、信念のように刻んでいることが、数年後には曖昧になっていて、さらに数年後にはそれに反するようなことをやっている可能性がある。
僕は過去の自分が軽蔑していた人間になることが怖いです。そしてあの鋭敏だった感覚を失っていくこと。変化はいつか喪失へと変わるのでしょうか。
僕の中に今ある信念のようなものが変わらないことを祈ります。しかしそれは悪いことなのでしょうか。変わってしまったあとでは判断がつかないでしょう。
ではまた。