どうもにこです。

 アンネの日記を読みました。アマゾンのURLでも貼ろうかと思ったんですけど、いまいちやり方わかんないのでやめます。ペタって貼りつけるだけでいい感じになるんですかね。

 みなさん読んだことありますか、アンネの日記。僕は教養を深めよ、くらいの感覚で読み始めました。その前は川端康成の雪国読んでましたた、面白かったです。

 軽い気持ちで読み始めたので、こんな風にnoteを書くつもりなんてなかったんです。無知で教養のない僕に語れることなんてないと思ったからです。それは読んでる最中も同じ考えでした。

 まず、読み始めた当初の感想としては思ってたのと違うでした。僕は勝手に強制収容所で書かれた日記だと思ってたんです。少し考えればそんなわけないと気づくはずなんですけどね。アンネ=ユダヤ人=強制収容所というレベルの知識なんです。

 一応説明すると、アンネの日記はアンネが秘密警察から隠れるための隠れ家で書かれたものです。ですから文字通りアンネの日記なんですよね。戦争の悲惨さについて主に語られるわけではなくて、アンネの愚痴を延々と聞かされるような気分でした。そりゃ、創作じゃない14、5の女の子の日記を読んでるんだから当たり前ですよね。

 読んでる途中、何度もこれほんとにアンネが書いたの?創作じゃないの?と思いました。それくらい文章がしっかりしてて(翻訳だから何とも言えないけど)ユーモアに溢れてました。将来の夢は作家だったらしいです。

 悩める思春期の女の子って感じの日記で本当にによかったです(変態みたいですね)。母親への愚痴とか、自分とはなんなのか自分の将来はどうなるのかとか、あと恋や友情の悩みだとかがしっかり言語化されて書かれてるんですよね。

 なんかわかるなぁ、そうだったよなぁ、って僕は共感しっぱなしでした。自分の考えをこうして文章に書き出していくのとか一緒じゃんって(彼女の方が数倍綺麗に言語化できてますけど)。

 読んでるときの感覚としては隠れ家で怯えながら暮らすユダヤ人の女の子の話というより、ちょっとませた繊細な女の子の話を聞かされるというものだったんですよね、僕は。日記は語りかけるような文体なんです。だから友達みたいな感覚だったんです……ここ二週間くらいずっと一緒だったので。

 それだけに読後は本当にキツかったです。突然「アンネの日記はここで終わっている」って書かれてるんですよ。たった一文でこんなに精神的にきたのは初めてです。

 最初の方にnoteにするつもりはなかったって言いましたよね。それは結末を知っているし、今までの経験的に読んでも特に何も感じないだろうと思っていたからなんです。

 戦争だったり、そういう話を見たり聞いたりしてもやっぱりどこか他人事だったんですよね。今だってそうです。だからアンネの日記を読んでも何か深く感じることはないだろう、事実として知るべきことを知っておこうと思って読みました。

 それで実際に読んでみて、何か新たに増えた知識はほとんどなく、大きくて深い喪失を感じました。知りたかった収容所内のことやそのときの情勢のような知識は得られず、ただアンネを失いました。

 せっかくなのでこれから関連の本を読んでみようと思います。小川洋子さんがアンネについて書いた本を出しているようなので、まずはそれを読んでみます。

 まだアンネの日記を読んだことがない方は読んでみてください。中高生くらいのときに読みたかったなぁ、と僕は思いました。たぶん読むタイミングによって感じ方が変わると思うので、もし僕に子供が出来たら、その子がアンネと同い年くらいになったタイミングで読みたいですね〜(子供をつくる気はないのに子供に読ませたい本が溜まる矛盾)。

(追記)
 「アンネ・フランクの記憶/小川洋子」読みました。

 この本は小川洋子さんが隠れ家やアウシュヴィッツに行った感想を書いた旅日記のようなものです。ほんとに素晴らしい本なのでぜひセットで読んで欲しいですね。

 まず初めに感じたのはこの感想は間違ってなかった、です。大きすぎるものに触れるときに持つ感想があっているのか不安になることが多々あるんですけど、小川洋子さんが似たような感想を口にしてて安心しました。人の感想なんて気にするなよ、って思うんですけどね!

 この本の素晴らしいところは小川洋子さんの想像力を借りることができることだと思います。僕の乏しい想像力で感じられることは限られていますがそれを補って余りある彼女の想像力と文章力!さすが小川洋子って感じです。

 印象に残っている場面があります。アウシュヴィッツには収容者から回収したものが今でも保管されているらしく、大量の靴や髪、日常品などが当時のまま展示されています。それを見た彼女は「無数じゃない。無数じゃない」と必死に自分に言い聞かせるんです。無数ではなく、この靴ひとつひとつに持ち主がいたのだと。

 そういう考え方ってやっぱり難しいと思うんです。それを気づかせてくれるというか、向き合うための方向性を示してくれるのはとてもありがたいなと思いました。