綺麗事で生きていきたい
どうもにこです。誰にも読まれないと思っていたnoteですが、思ったよりも多くの方が読んでいるようで驚いてます。
さて、みなさん綺麗事はお嫌いですか? 僕は好きでもあり、嫌いでもあります。やっぱり言われる人とか、タイミングによると思うんですよね。同じ言葉でもパッと世界が広がるような綺麗な言葉に聞こえたり、鼻で笑い飛ばしてしまうような言葉にもなるのが綺麗事だと思います。
僕が思う綺麗事の定義は「そうであるべきだと自分が思うこと」です。例えば全ての人が幸せになって欲しい、とかそんなこと。そして綺麗事の反対は「現実的なこと」。全ての人が幸せになるなんて無理に決まってるみたいな。
「全ての人が幸せになればいい」なんて言ったら十中八九そんなの無理だと言ってくる人がいます。それは僕の中にもいて、彼に頼めば無理な理由をいくつでも並べてくれると思います。「他人の幸せを不幸と感じる人がいる」とかね。そして「その人も幸せになって欲しいんだ」と綺麗事は返します。
僕は昔から割と現実的に物事を考えるタイプだと思います。それが悪いことだとは全く思わないですし、考え方によって長所です。でも何事も否定から入ってしまうというか、そういう節が僕にはあって、そんな所が前回書いた「諦め」に繋がっているんだと思います。
いま、思ったんですが前回とは全く逆のことを言ってますね。「僕は僕なんだから僕らしく生きなよ」みたいな綺麗事を僕は自分に言いたいんです。「自分らしく生きる」って凄く綺麗事ですよね。「自分らしさって?」とか「どうやって?」とかそういうことを全部ぶっ飛ばして、肩をガシッと掴んで、真っ直ぐ目を見て、力強く「自分らしくだよ!」言ってくる感じがします。
でも僕はそういう綺麗事を自分に強要して生きていきたいなぁって思うんです。例えば他人に悪意を向けないとか、利害を排除した友人との関係とか、欲のない恋愛とか……。いまの自分からは程遠いですが、美しく生きていきたいんです。そうじゃなきゃ生きる意味が無いというか、他人を傷つけながら生きたって…って思っちゃうんですよね。これは綺麗事かな?どっちでしょう。
綺麗事って方言みたいだなぁって思います。伝わる人には伝わるし、分からない人には分からない。そして標準語ではない。以上、綺麗事でした!