昼間の文章は明るい
何をもって人を好きだなと思うのだろう。何でもかんでも理性で分解していこうという傲慢さが私にはある。そういうことが楽しくって仕方がない。
ただ理性に感情を従わせようみたいなところがあり、従わない感情にイライラする。
目下、私のテーマ(なんで私は毎回テーマがあるのだろう?)はノンバイナリーで、新たな武器を手に入れたように、色んなものを分解している。
やっぱり男女二元論のせいで色んな物事、例えば恋愛とか、の本質が見えなくなってしまっているような気がするから、くだらないよなと思う。
じゃあ二元論的なジェンダーの影響を受けずに他者や自己をみれるのですか、と言われたら、それはまだ難しいですとなる。
結局わかりやすい理由を求めてしまう。私は男性だから女性が好き。あの人はゲイだから男性が好き。
「あら、そんなの関係ないわよ、私はあなたが好きなの」とケロッとした顔で言いたい。
恋愛とか友情とかそういうくだらない言葉に惑わされないで生きたい。そういうものに呑み込まれていく自分にイライラする。
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昼間に書いた文章と夜間に書いた文章って違う。私が書いたものだから、私だけがそう感じているだけなのかもしれない。昼間の文章は明るい。
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最近短歌をぼちぼちやってる。意外と様になってきたよなと思う。誰も言ってくれないので自分で言う。
良かった、おもしろかったとそう思ったものに対して言うのは大切だよなと思う。ただ、例えば「おもしろかったです!」みたいなコメントをつけると、自分の作品を読みにきてほしいだけの奴に見えるんじゃないかと思い、なかなかコメントできなかったりする。
だからといって感想を言語化するとだいたい独りよがりなものになってしまって、そういうことしか言えない私に嫌気がさす。
あっさーいコメントでもしないよりはマシだよなあとわかってはいるんだけど、なんか取り繕ってしまうというか、がんばろうとしてしまって、結局めんどくさくなるみたいなことが多い。
いつからか美味しいものを食べても素直に美味しいと言えない人間になってしまった。私は何をもって美味しいとしているのだろう?と考えてしまう。
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働きたくないが、働かないもしくはマイノリティな働き方をできるとも思えないので、どうしようと永遠に悩んでいる。
ゆるくバイトとかで生きていきたいけど、バイトってだいたい接客業なんだよなあ。
どうやったら生きていけるだろうか? 牧場でのんびり生きる羊とかになりたい。
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小説を書きたいね。ただ何を書けばいいのだろう。偉そうに(偉そうなつもりはないのだけど)小説の書き方なんて書いてみたけど、私が教えてほしいくらい。
小説を書く行為ってどこまでも1人なのだけど、1人で書いてると心が折れるというか、まあいっか書かなくてとなってしまう。