ときどき私がこれまで生きてきて迷惑をかけたり、私の言動で少しでも不快になったことがある人に対して謝って回りたくなることがある。でもほとんどの人は私の言動を不快に感じても何も言わないし、私に対して悪意を感じることさえしなかったりする。そういう人たちに謝りたいとよく思う。

譲れないものなんてそんなにないのだけど、私の感性と心だけは譲れないと思って生きてきた。それらを守るためなら人を傷つけることも仕方がない、自分の心や感性くらい自分で守れやと思っていた。

私はそういう生き方しかできないのだと思っていたけど、私の感性や心にいったいどれだけの価値があるのだろうか?それらに人を傷つけてまで守る価値はあるのか。ないと言い切ってしまうのは危険だけど、多少場所を譲るくらいは特に問題ないような気がした。

大人になったということなのだろうなって思う。あとから後悔するくらいなら最初から言うな書くなということ。

他者を通してしかアイデンティティを見出せないから、衝突が起きるのだ。ぶつからないと相手のことなんて何もわからないのだと思っていた。でもきちんと目を見て、耳を澄ませばわかることもある。

他者を介さずアイデンティティを確立する。それは孤立することだと思っていたけどきっと違くて、もっと多くの人と流動的に関わっていくことなのだろうな。