家に居てもやることがないのに、家から出たくないのはなぜなのでしょう。外に出てもやることがないからがアンサーなので私はもうダメかもしれない。何もしないで三連休は終わってしまったけど、何かしたって終わるものは終わるし、始まるものは始まる(お仕事)。

ストレスなく生きていきましょうよね~というのが私の座右の銘?なんだけど人は何にストレスを感じて、どのくらいのストレスを許容しているのだろう。私は人と関わることすべてにストレスを感じる。

私のよく行く無印良品はレジの前に人が立ってて、その人が客の支払い方法を聞いて無人のレジか友人のレジかを振り分けるというなぞのシステムを採用しているのだけどそれすらストレス。

仕事柄かあまり人と話すことがないのは助かってるけど、隣にずっと人がいるというだけでストレスなのでつらい。仕事はやめたいけど、いまのところよりストレスフリーな会社がこの世にどれだけあるかわからないので難しい。家事全般すごくがんばる、愚痴も聞くし、趣味にも付き合うので、誰か私を養ってほしい。私お金かからないから……

しかしどうしてみんな仕事をがんばるのだろう。もっとゆるくいこうぜと思うのだけどそうはいかないのだろうか。やりたくないけど仕方なくやってる人が大半なのだと思っていたけど、案外仕事が楽しいやりがいがあるみたいな人が多くて困惑してる。

好きなことを仕事にしたいとよく聞くけど、私は楽なことを仕事にしたいのだと気づいた。楽なことというのは自分がそれなりにできることなのだろうから、みんなそうするべきなのにそんなこと誰も教えてくれなかった。

あなたがどんなに働いても会社はお金しかくれないんだよ?

もちろんやらざる負えない人の方が多いと思うので、そういう方々が一刻も早く楽になれるよう私は祈ってる。

私は自分のことを社会不適合者だと思っていたけど、案外そんなことないのかもしれないなと思う。早起きは得意で遅刻はしないし、体調管理もがんばっているので風邪もひかない、あいさつと必要最低限のコミュニケーションは取れるし、八時間きっちり集中して仕事をする、それに仕事をすること自体はそこまで苦じゃない。

私がムリなのは人間と関わることなので、人間が向いていないのかもしれない。

そもそも私は自らを社会不適合者だとか、性格が悪いだとか、言う人を信用していない。そういう人って十中八九、社会不適合者じゃないし、性格だって悪くない。

いいな、いいな、みんないいな、うらやましい、うらやましい。最近うらやましいという感情を肯定するようにしてる。そうしないと歪むから。

しかし人は誰かにうらやましいと言われてうれしいのだろうかなんて考える。純粋に受け止められるときなら悪い気持ちはしないと思う。受け止められないときは、じゃああなたが持ってる何となら交換できる?って思う。

最近、人はありがとうと言われるとうれしいらしいということを知り、ありがとうございますと言うようになった。ぺこりとお辞儀だけしていたところを「あ、ありがとうございます……」とつぶやくようにしている。

私はありがとうと言われるのがあんまり得意じゃない。自分で「良いことをした」と思えるときは純粋に受け取れるのだけど、それ以外のときは困ってしまうことが多い。でもお礼を言われないのも言われないでイラっとするので、ちょっぴり感謝を表してくれればそれでいい。

あとはファンですと言われてうれしいのか、考えていた。自分の文章にファンがついたらそれはうれしいのだけど、別に私はファンになってほしくて文章を書いてるわけじゃなくて、昨日の日記にも書いたけど「私は本当の友達」がいないから文章を書いているので、友達になりたいですの方が100倍うれしい。

でも数字がある人は友達になりたいですより、ファンですの方がうれしいんだろうなと思う。いや、彼らも本当は友達がほしいのかもしれない。色々とめんどくさいから友達にならないだけで。

ファンになってしまったら友達にはなれないのかなと思ったりする。だからよくわからないのだけど、私は好きだけどファンじゃありませんという人が何人かいる。私なんかがその人たちと友達になる可能性なんてゼロなのに。そもそも友達もいないのに……

ファンの方が友達より楽ではある。友達はほら期待しちゃうから。

ツイッターをやめたいと、この一文を書くまでツイッターを見ていながら思う。ツイッターでつぶやいていいねがひとつも来なかったり、何回更新してもTLにフォロワーさんのツイートが増えなかったりすると、「あ、そうですよね。私は死んだほうがいいですよね」と思う。メンヘラなのかもしれない。

男性のメンヘラって需要がないけど、女性のメンヘラはわりとというかかなり需要があるんじゃないだろうかって思ってる。もちろん過度じゃないメンヘラはということだけど。まあ需要のあるなしでメンヘラやってるわけじゃないのでね、どうでもいいんですけど。いや需要はあるに越したことはないけど。

あああ、もう寝ようかな。最近noteを書きすぎてる気がする。そういえば作りはじめると散々言っているZINEは一ミリの進捗もないことを思いだした。参考にするためのエッセイやZINEも買えてない。まあ、精神が良いときの私に任せるとしましょう。私は私に裏切られるのは慣れっこだ。