小説を書くということ、書いてほしいと思うこと
少しフォロワーさんが増えたタイミングでいつも「自己紹介をしなければ!」と思う。私ってこんな人ですというのを表面的にでも知ってもらいたい欲みたいなものがある。こういう部分が前提としてあります、それを知ってもらっておいた方が読みやすいと思うから。
ただこれまでなんども自己紹介を書いてはボツにしてきた。自己紹介というものが本当に苦手なのだと思う。たぶん秘密主義なのだ。それなのに自分のことは知ってもらいたいのだからめんどくさい。
だから小分けにする。そして察してもらう。
私のメインの活動は小説を書くこと。短歌をやってみたり、最近だと写真に興味を持ったりしてるけど、メインは小説でそこだけは変わらない。
ただ、正直noteでの活動と小説の活動だと9:1くらいの割合になってる。社会人になってほとんど書けていないみたいな話をなんどかnoteに書いてる。小説関係で繋がっている人が私のことをnoteの人だと思っていないかちょっと不安。
noteでの活動をよく思っていないとかじゃない。今年の目標はnoteをがんばるだし。ただ私は小説を書く人間なのだということを自分で忘れないようにしたいということ。
私はどんな形であれ創作者でありたいと思っている。
私はなぜ小説を書いているのだろうとよく考える。ふつうの人は小説どころか文章も書かない。でも私からしたら、普段文章を書かない人は何をしているのだろう?って思うし、文章を書くのに小説を書かないのはどうしてだろうって思う。小説を読んだり、映画を見たりするのだから、自分で何かを創りたくなるのは至極当然のことのように思える。そのくらい私にとっては当たり前のものになってる。
逆に私にみたいな、プロじゃない、特にファンもいない創作者ってどう見られているのだろう?気になる。変人だと思われているのかな。
私にとって小説は、過去の昇華であったり、対話であったり、自己理解であったり、と色々な意味を持っている。noteを書くようになってからは、ここでは言えない話を書く場所にもなってる。例えばより深い部分のセクシュアリティだったり、あとは言語化できないものごとを形にしている。創作という形を取ってしまえば言いずらいことも書けたりする。だから物語の種は実際にあったことであることが多い。
私はみんなに小説を書いてほしいのだけど、どうして人は小説を書かないのだろう?別に創作なら小説じゃなくてもいいのだけど、私は小説を読むことがいちばんその人のことを知れると思っている。
私は小説を書くことで自分では認識できていない自分を形にすることができると思ってる。すでにある感情を文章にしていく言語化とはまた違った、原石を掘り起こすみたいな感覚がある。
つまり小説を書くのは楽しいよ、みんなも小説を書こうということなんだけど、どうかな。小説の書き方講座でも開こうかな。技術的なことはムリでも楽しく書いていくためにはみたいなことは教えられるかもしれない。受講生の方待ってます。
マシュマロ
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