突然、私の部屋のど真ん中に音もなくパッと湧いて出たのにも関わらず、その男はとても堂々としていた。その男は自分のことを魔女だと言った。

「まったく人の家の中に飛ばされたのは初めてだな。ほんと適当なんだから」

「あなた、誰ですか!?」

「誰って魔女だって言ったでしょう。私は魔女のユーリカ」

 その男、ユーリカは大きく190近くの身長があるように見えた。髪色が純白で、瞳は淡い金色に輝いていた。

「だから何なんですか? 魔女だとか訳の分からないことを言って。警察呼びますよ!」

「警察? 呼んでもいいけど、たぶん後悔するよ。私は魔法を使って姿を消せるし、瞬間移動だってできる」

 彼がパンと手を叩くと、姿が消え、もう一度手を叩いた音が聞こえるとさっきとは違う所に彼は立っていた。私は驚いて言葉も出なかった。

「もういいかな? 私はさっき死んだばかりで疲れてるんだ。少しの間、そうだなぁ、三日。三日だけここで匿ってもらえない?」

「嫌ですよ。そんなの。ほんとに警察呼びますよ!」

「だから呼んでもいいけど、後悔するよ。それに私はもうここで寝泊まりするって決めたんだ。追い出してみるかい? 君には無理だろう。私にはやろうと思えば君の記憶を改ざんして、ここは私の家で君が泊まっていることにだってできるんだ。そう、この世界は理不尽でできているのさ。まったく」

 ユーリカは私の部屋の中をうろうろと探索し始めた。大きな体を屈めながら引き出しという引き出しを開け回っている。私は彼を掴んで、部屋の外へ追い出そうとした。しかし私の体は彼に近づいた瞬間に自由が効かなくなった。身体中の神経の連結が切れてしまったみたいに、首から下の感覚がなくなった。

 どうやら彼は本当に魔女らしい。

「ねえ、あなたは男なのにどうして魔女なの?」

 私は色々と諦めて、ずっと気になっていたことを聞いた。

「知らないよ。私が決めたんじゃない。こっちの世界では魔女について習わないんだっけ?」

「こっちの世界?」

「世界は二つあって、どういうわけか魔女は死んだら別の方の世界に転送されるのさ。記憶も身体もそのままでね。私もさっき転送されたばかりなんだ」

 ユーリカはパチンと指を鳴らして、コーヒーの入ったコップを出現させた。私の食器棚にしまってあるはずのコップだった。

「じゃあ、あなたはこっちの世界については何も知らないってこと?」

「そんなことない。三百年くらい前はこっちの世界で生きていたはずだからね。まあ、あまり覚えていないけど。それに二つの世界にはそんなに違いはないよ」

「ふうん。あなたは前の世界では何をやっていたの?」

「戦争。質問が多いね。私はついさっきまで戦地に居て疲れてるんだけど」

「戦争!?  それじゃあ良かったじゃない。こっちの平和な世界に来れて」

「平和? 平和なのかい、今は。三百年前は戦争ばかりしていたけど。それなら駆り出されずに済みそうだね。もう少しここでゆっくりできるかも。人間でも殺し回るのは疲れるんだ。なんだか気分がいいね、何か他に質問あるかい?」

「駆り出されるって誰に?」

「協会。私たち魔女は協会の奴隷なのさ。もう私がこっちにいることはバレているんだろうなぁ。私の魔力は大きすぎるから。憂鬱。理不尽。まったく」

 彼は不満そうに、協会の悪口をいくつか言った後、部屋の真ん中で寝転がった。パチンと指を鳴らして、布団を召喚した。やはり私の布団だった。

「ねぇ、そのもうひとつの世界が、私たちが言う天国だったり、あの世ってこと?」

「さぁ、人間のことはよく分からないね。でもたぶんそうなんじゃないかな。人間も魔女も本質的には同じはずだから。まぁ、そうだとすると君にとって、今の世界はあの世かもしれないけどね」

 ユーリカはケラケラ笑って、それから寝息をたてて眠ってしまった。それから私が何を言っても返事もせず、彼に触れようとするとスイッチが切れたみたいに体が動かなくなった。物を投げてみても彼の体の15センチほど手前で見えない壁にぶつかった。

 翌朝、私が目を覚ますとユーリカの姿はどこにもなかった。散歩にでも行ったのかもしれない、と私は思った。しかしそれ以来、私がユーリカに会うことはなかった。